悟りへの道 -30ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

『マンガ:ブッダ 第1巻』 手塚治虫

 

 

先日、第6巻を読んだが、

 

 

 

 

今回、

やっと図書館で第1巻が借りられ

読んでみた。

 

 

 

 

 

おもしろくて、次が気になり、

すぐに第2巻~第5巻まで

予約してしまった。

 

 

 

 

まだ第1巻では

ブッダが生まれてきていない。

 

 

 

 

冒頭の「うさぎ」さんのシーン

途中の「タッタ」のシーン

 

特に「うさぎ」のシーンは映像でも見ていた時、

何とも言えない気持ちになったのを

覚えている。

 

 

 

 

ウサギとタッタは

 

他を生かすために

自らの命をさせげた。

 

自ら死を選んだ。

 

 

 

 

尊い姿に感じるものの

 

とても悲しいような

他に方法がなかったのかという切なさ

 

その行動を説明しきれない感覚があった。

 

 

 

 

 

登場人物の僧侶は

師匠から聞き

以前より「うさぎ」の話を知っていた

 

 

「タッタ」の死に立ち合うことになり、

 

「うさぎ」の行動のその意味を理解した!

と言っていた。

 

 

 

それは

 

人間中心に何でも考えってきた

だからウサギが人間のために

身を焼いて食べられる気持ちがわからなかった

 

でも

この大自然の中では

人間も獣もヘビも同じ仲間

 

その仲間同士

助け合うのが

生き物のおきて

 

いま

この子のやったことで

私は

わかりました

 

 

 

 

 

わたしは、

生命みな仲間だから助け合うのが当然

までは分かるが

 

自らの命を与えてまでとなると

自らできる自信がない。

 

まだ、「自分」がいると思い

「自分」の「人生」にこだわっているのだろう。

 

 

 

 

生命みな仲間かもしれないが

 

ウサギもタッタも

どんな生命のためにも

自分の命を差し出せるのだろうか

 

と疑問が残っていたりもする。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、

今の感覚として少し思うところがある。

 

 

生きても

死んでも

本当はどちらでもいいのではないのか?

 

ということ。

(命をなげやりにしていいという意味ではない)

 

 

 

 

生きるのが

価値があり尊い

訳ではないのではないか

 

ということだ。

 

 

 

 

少し

特攻隊にも似ているかもしれない。

 

特攻青年たちは

生きて

長い人生を送るのが

良いように人間はどこかで思いがちだが

 

彼らの死が

その後の日本人に与えた影響は

多大であると思う。

 

 

 

 

死んで

周りを生かす

 

死んで

愛を生かす

 

 

 

 

つまり

「自分」がなかった

のではないかと思う。

 

 

 

 

悟り的視点を深めたいと

自分の

・モノサシ

・比較する心

・思い通りにしたい欲

・自己重要感

らの

 

自分

自分

に注意し

 

思考も

自分でないと

 

気付いてきたつもりだった。

 

 

 

 

本当の悟りは

 

見ている自分も

見られている自分も

いない

 

という。

 

 

 

つまり

なにもこだわるものがない

のだ。

 

 

 

そうしようと思ったら

気持ちが動いた善行為をする

 

損得もない

手柄も期待しない

悪い結果になろうとそれはそれと思う

 

現実すべてを受入れたんたんと生きる

 

そんな

こだわる

「自分」も

「状況」も

ないことが

 

自分が目指していく姿かもしれない

と思った。

 

 

 

 

また

続きを読んだら

考察の続きをできたらなぁと思う。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございます。

生きとし生けるものがさらに幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

怒りが湧く時

 

自分がもっている

・こうであってほしい

・こうあるべきだ

 

以外のことが起こった時

 

 

 

 

 

悲しくなる時

 

自分が持っている

・大事だと思っているもの

・持っていたいもの

・持ちたもの

 

の減少を感じた時

 

 

 

 

 

つまり

 

・自分の価値観が正しい

・思い通りにしたい

・自己価値観を満たすことが正しい

 

のみで世間を見ていた時

 

 

 

 

 

さらには

 

そういう見方で世の中と接していた自分に

 

・一切気づかたなった

・思考と同一化していた

 

それらを知らないことさえ知らなかった時

先日、多くの人と交流があった。

 

そういう時に

「私」に

出がちな思考と反応に気づいた。

 

人と交流するときに

よく出がちな反応だった!な

と思い出した。

 

 

 

 

●みんなと仲良くなろうとする

●普通にしているのに

 嫌っているような態度をとられると

 好かれるべき仲良くすべき

 というベースがあるので

 自責したり

 焦り

 逆に話しかけたりして

 相手の反応をさらにとりにいく

 顔色をうかがう

●仲良さそうにしている人を見ると

 仲間じゃない自分を悲しく思ったり

 それができなくてダメだと思う

●他人は声を掛けられているのに

 自分には声を掛けられないと

 自責しつつも

 自分に話しかけない相手は差別的だと他責思考がでる

 

 

 

 

 

 

やれやれ(笑)

これでは大変。

 

 

 

 

 

いろいろな場面で

それら思考が出かかった。

 

でもすべての思考に

すぐに気づいて

 

あっ!

こんな思考がでた

きたきた、

 

ととらえられた。

 

 

 

 

 

 

過去によく考えていたなぁ

これで落ち込んだり

自責をして人生生きていたなぁ、

 

いやー

何度も書いてきているけれど

 

そのしんどい思考に

巻き込まれ

大変だったなぁ。

 

 

 

 

 

 

でも今回は

さすがに違い、

 

みんなと仲良くって本当ですか?

どこかで思い込んだなぁ。

2:6:2の法則もあるから

2割~8割の人とは仲良くできないもの。

 

 

嫌われちゃいけないって本当ですか?

どうしてそう思ったんだろう。

でもどこかで思い込んだなぁ。

合わない人っている。

嫌われてもそれが悪いことでもない。

嫌われてはいけないと思い込んだだけ。

 

 

仲間に入れないとダメって本当ですか?

みんなと仲間になるべきって本当ですか?

自己重要感満たそうとしているだけでは?

そういう思い込みが人生であっただけでは?

ほんとうにその人たちと仲間になりたいからか?

楽しそうにしないとという思い込みがあっただけだからではないか?

きゃっきゃして交流しドーパミンだしてもいいが、

そういう交流の仕方って本当にいいのか?

それはほんとうですか?

 

 

ひいきしちゃいけないって本当ですか?

自分だって好きな人に近づくのに。

勝手に過大な自己重要感を満たしたい

自分を認めるべきだと

いう考えが出ていただけではないのか?

相手は自由。

自分も自由。

 

 

 

 

 

つまり

今までの思い込みを変えると

 

●みんなと仲良くしなくてもいい

 みんなも自分と仲良くしなくてもいい

 

●他人が自分を嫌ってもいい

 自分も他人に嫌われてもいい

 

●他人が自分を仲間に入れなくてもいい

 自分も他人の仲間に入れなくてもいい

 

●他人が他人をひいいきしてもいい

 自分は他人からひいきされなくてもいい

 

のような

考えがでてきた。

 

 

 

 

 

サッカーのゴール前での

スーパーセーブのように

 

今まで

ゴールを揺らされ続けた自分だったが

 

今回は、

思考のクセの強力ゴールキックを

すべてゴール前でとらえられた。

 

 

 

 

自責もせず

他責もせず

 

自分を満たして

今にいて

自分の感覚で

よりよくいられた。

 

今の見え方になれて

ありがたい<(_ _)>

 

 

 

 

 

 

 

話が逆転するが

 

●人と仲良くなるべき

●他人を嫌うべきでない

●仲間に入るべき、入れてあげるべきだ

●人の扱いに差をつけてはいけない

 

という思い込み・常識・モノサシが自分にあったということだ。

 

 

この思い込み・常識・モノサシで

苦しんでいたということだ。

 

 

モノサシどおりに

他人が動かないので苦しんでいた。

 

 

本当に人は

モノサシで苦しむ。

 

 

そのモノサシでの

比較に苦しむ。

 

 

そのモノサシ以外のことを

知らないから苦しむ。

 

 

そんな風に思った。

 

 

 

 

 

 

さらに軽く羽ばたいていきたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさまのさらなる幸せも

祈念しています♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

婚活。

 

 

 

結婚相談所マリーミーの

植草美幸先生。

大変的を射たお話をされると

思っている。

 

 

 

 

以前から存じ上げていたが

Youtubeのおすすめに最近あがり

何本も見てみた。

先生のおっしゃる通り!

うなずくことばかりの内容だった。

 

 

 

 

それ以外に今の私は

気づいたことがあった。

 

それは、婚活が上手くいかず

悩んだり不満を相談している方は

 

「知らない」

ということだった。

 

 

 

 

婚活や

結婚や

男女について

「知らない」のだ。

 

勘違いしている

古い時代の価値観でズレてとらえている

まったく知識がない等

 

とにかく「知らない」状態。

 

 

 

 

 

悟りにも似ていると思った。

 

私なりには

苦の原因は下記だと思っている。

●モノサシ(常識、価値観)

●比較(前の自分と、他人と、希望と)

●思い通りにしたい(欲)

●多大な自己価値観(自分はすごい、褒められたい)

 

 

 

 

そのサブとして

今日はこの2つをあげたい。

●知らない

●勘違い(思い込み)

 

 

 

 

勘違いは、

本人が一切気づかず思い込んでいることで

苦が生じるということだ。

 

怒りや不安が生じる前に一呼吸置き

勘違いしていないか

思い込みしていないか

 

と考えるとよいと思う。

 

 

 

 

 

知らないは、

まさに知らない。

 

さらに

知らないことさえ

知らない。

 

知らないが故に

不満、怒りや不安等がおきている。

 

しかし本人は

「知らない」ことも

「知らないことさえ知らない」ことも。

一切気づけていない。

 

 

 

 

 

思考が出て

不満の判断が出かかったその時に、

 

思考をとらえ、

 

本当は

自分が知らないことを知らない状態なのではないか?

 

それは本当か?・・・

 

こう考えていくことが大事だと思う。

 

 

 

 

 

そこ先には

 

怒りもなく

不満もなく

感情もなく

 

理解と許容

平安が広がるように思う。

 

謙虚さももてるように思う。

視野も少し広げられるように思う。

 

 

 

 

 

さらにここで思ったことがある。

逆をいえば

怒りや不満が生じる時は、

「知らない」

からと言えるだろう。

 

 

 

 

過去の哲学者?的に言えば

今日のひとことは、

 

●思い込むなかれ

●自分が知らないのではないかと

 疑うことをせよ

●知らないことがその不満の原因である

 不満の原因は知らないことである

 知らないことを知れ

 

のような感じ?になるような気がする。

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

久々の奇跡記録。

奇跡に大小ないとは思うが

少し思ったようにいって驚いたので記録しておきたい。

 

 

●望む会社が営業にきた!

 

仕事上

いろいろと外注することが多い。

 

しかし、

あちこちと連絡をとる必要があり

結構大変。

 

それを一本化してうけおってくれる会社と

縁が欲しいと思っていた。

 

 

ただ、

営業マンは基本断ることにしていたが

今日はある方からの助言があり

ピンときて

出ることにした。

 

すると、

望んでいた

仕事を一本化して

うけおってくれる会社からの営業だった!

 

 

頼んでみないと分からないし

慎重に仕事の吟味はするが、

 

あっきた!!!

 

と思った。

 

 

 

ちょうど1週間前ぐらいだろうか

「そういう会社に縁があるんだ・・・」

と願望として頭に入れたところだった。

 

 

 

運がよくてありがたいなぁ。

 

 

 

 

私もみなさまも

さらに運がよく幸せな人生でありますよう。

 

~ありがとう~

 

 

前回のブログのつづきを補足で書きたい。

 

~悟りへ的視点での考察か~




話は少しずれるが、
この男性は


自分の傾向である

組織になじめないのを
自覚していた。

 

 

 

だからジャーナリストになったり

色々合うところに

チャレンジしてた。



今のタクシー運転手という
好きな仕事には
結局40歳すぎて
たどり着いている。



辿り着けて

羨ましい思考がでかかった自分がいたが

 

つまり、

男性は

40年かかったわけで、


すぐには辿り着けていない。





すぐに辿り着きたい
という思いが
自分にあるのに気づいた。




「すぐに辿り着かない場合もある」

 

という視野が持てていなかった。

視野が狭かった。

 

これだけしたんだからもう努力が実ってもいいのにという

 

思い込みがあった。

勘違いがあった。

欲があった。




最近書いた、
まさに
望む状況と「比較」していた。




でも自分の内を見るようになった今思うのは

本当は
望む状況と比較してもよいので



不満ではなく
その望みを認めること

可能なら
何かしら道を探ろうと
思うことが

重要だったのではないかと思う。




逆に当時していたのは、
望む状況でない今への

不満

愚痴
自己否定
他責

諦め

だった気がする。





また考えを深めたいが今日はここまで。
気づきに感謝。



ありがとうございます。





 

街録というYoutubeを見た。

 

顔にアザがある方の人生についてだった。

勇気を与える動画であったと思う。

 

 

 

 

ご自身のことをアザに関わらず

このように表現されていた。

 

 

 

・俺の居場所あるかもしれない!

・コレだ!

・この世界で世界一になろう!

 

 

・思い込みの強い人間

・組織になじめない性格(先輩にすぐ嫌われる、クビ)

・タクシー職が一番なじみ続けられている

  -上司がいない

  -社外に出たら何やってもいい

  -歩合(自分次第で給与が決まる)

 

 

・人間に興味がある(理系だったが、データ等に興味ない)

・若い頃は視野が狭く、

 ハッピーな人生無理だと諦めがちだが

 人生の先輩として、就職、結婚等

 何とか色々できた自分を伝える大切さ

 を感じている

 

 

 

 

 

私に似ている、と思った。

 

生き辛さがとても似ていた。

 

 

 

 

 

組織になじめない部分

居場所を探していた部分

一人で仕事をするとなじむ部分

多くの職場やチャレンジをした部分

私も理系だったが人間に興味がある部分

若い頃思い込みが強く居場所を探していた部分

思考に悩み悟り的視点がもてた今若い人を勇気づけたい部分

 

 

 

 

特に

 

あぁやっぱり、

私は組織になじめなかったんだ自分は・・・

 

と確信した。

 

 

 

 

徹底的に

「自分は組織になじめない」

という傾向を

 

分かりきって対応したらよかったと思う。

 

 

 

 

上手じゃないので

 

・どこかで下手だと割り切るか

・上手じゃないので人の倍努力するか

・フリー等になるかフリーに近い所に転職するか

 

すればよかったように思った。

 

 

 

 

中途半端に転職し(やはり組織中心の職場へ)

中途半端に努力し(独立できない資格取得)

中途半端に割り切り(ただ人仕方ないと思うだけ)

 

していたように思う。

 

 

 

 

結局、

うまくいかないので、

ただ悩んでぐるぐる思考を増やしていた気がする。

 

 

 

 

よく考え

今にベストをつくす

 

これしかないなぁとあらためて思った。

 

 

 

 

 

よい動画ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

今日も色々な思考がでていた

 

不満の思考

不安な思考

満足する思考

 

気付いて

その時間も短時間で気づくので

やがて巻き込まれることもなく

消えていく

 

 

 

 

思考にはたいてい気づくようになった

 

 

 

 

しかし

最近

この後はどうなっていくのだろうと

いうことが気になっていた

 

 

 

 

そして

先日、悟ったマスターのコンサルを受けた

 

この先

悟りを深めるために

 

何が必要か

どう足を進めるべきなのか

 

見解を聞いた

 

 

 

 

「自分が今問題と感じていることに

ポイントがある」

 

とおっしゃっていた。

 

そこを癒していけば深まると。

 

 

 

 

また、自分らしい人生を

生きるようにすればいい、

ともおっしゃっていた。

 

 

 

 

 

自分を愛する、

ということらしい。

 

しかし、

これほど何をすればよいか

分からない言葉もないと思っていた言葉。

 

 

 

 

 

コンサルの後、

 

自分の感覚に気づく

自分の気が向いたことをしてみる

 

という生活しはじめたら

 

いろいろあらたに気づくことが出てきた。

 

 

 

 

気持ちに気づくことも増えてきた。

 

さらに以前より

客観的に自分を見られるようになった。

 

過去から引き継いできた

なじみの行動の意味が

はっ!と

その理由が分かったりするようになった。

 

 

 

 

こんな段階であることを

記録しておく。

 

 

 

 

また記録してみたい。

 

 

 

 

 

 

 

後悔するとき

完璧な自分と比べている

 

怒りが出る時

あるべき自分や現実と比べている

 

嫉妬するとき

理想の自分や他人と比べている

 

面倒くさいとき

楽な状況と比べている

 

 

 

 

すべて

比較

 

 

 

 

理想や信じた常識や欲すべき状況と

比較している

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正確には比較に基づいた

 

「思考」がでて

それが「一番正しい」と思い

 

その「思考」に苦しんでいる

 

自分の考えに苦しんでいる

 

 

北原孝彦さんという起業家のYoutubeを見ている

 

年商数十億、数十社の社長をしている方

起業したい方にビジネス指導をしている

 

 

 

そこで学んだのは

「やり方がある」

ということ

 

 

 

北原さん曰く

・人生を変えるとは、時間の使い方を変えること

・すべきことに何時やるか、時間をFixさせること

 

 

 

 

自分も、ある得意分野があり

人のやり方をみていると、

そのやり方では成果がでない

結果を出すなら「こうする」というものがある

 

 

 

成果が出ていなかったら?

結果が見えず辛くなったら?

押さえるべきポイントを間違っている

 

 

 

 

頑張り

継続

とにかく行動

 

にとらわれがちだが

(大切でないという意味ではない)

 

押さえるべきポイント・やり方が違う、

それに一切気づかず

人は悩んでいると思った

 

 

 

よい師に会えないときは

嘆いているばかりでなく

トライ&エラー

 

よい師に会えたら

その「やり方」を真っ直ぐに取り入れる

 

 

 

悟りもビジネスも

今を大事にベストをつくしたい