■物事の真理、本質のようなものに
少し気づくようになってきて、
それに気づくことが面白く
ここのところ
意識がそちらに多く向いていた。
■しかし、最近、
一周まわって、あらためて「大事だ」と
感じるようになったことがある。
それは「日々の生活」。
するべきことを、ただ行うこと。
その大切さに戻ってきた。
そう、
「青い鳥」は、家にいた。
■例えば、
帰宅したら靴をそろえる。
カバンなどを片づける。
目立った得や利益にならないとか
もっと大事なことがあるようについ思ってしまいがちだが、
そんな日常のささいなことを
今ここにいて、ただ行う。
できるなら、
・まず行う
・意識を今に集中する
・丁寧におこなう
・これが人生最後の行いだと思って取り組む。
掃除一つでもいい。
歩く一つでもいい。
心をそこに置く。
そうすると
小さな平安が積み重なっていく気がする。
■少し似た別の話になるが、
千日回峰行を成し遂げた塩沼亮潤住職は、
「悟りは日常の中にあった」
という意味の言葉を話されていた。
究極の苦行の末、
大阿闍梨となられたのだが、
お寺の雑用、
掃除、
日々の挨拶、
そうした日常の営みの中に
悟りがあった、
ということだった。
■また、心理療法に
「森田療法」というものがある。
「感情や症状は起こるまま、
なくそうとせず、
今必要なことを”目的本位”で行う」
ということを主軸にしている。
この森田療法で提唱されていることも
目の前のことをしていこう。
(目的本位で。)
と言っているように思った。
■ただ、
塩沼大阿闍梨が
千日回峰行の果てに気づかれたように、
また、”私”自身も、
今ようやく少し気づいてきたように、
その気づきは、
最初から気付くことはできなかった。
探し回る旅が必要であった。
それなしには、気づくことができなかった。
そうやって気づく必要があった。
そして今、
その縁が、そろった。
そのように感じている。
まとめ:
・あたりまえの日常を大切にする。
・気がのらないまま、まず必要なことを1つ行う。
・その行為一つに、心をこめる。
・心が今にあるとき、平安があらわれる。
・「青い鳥」はいつもここにいた。
今後もいろいろ考えるとは思うが、
今、このあと立ち上がって
また一つ必要なことをしていこうと思う。
感謝。
万物万人のさらなる幸を祈ります。