●疑い続ける | 悟りへの道

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

最近、その常識って本当ですか、と思うことしばしば。

 

 

疑ってみると、

 

やらなくてよいことに気付いたり、

もっとよい方法が見つかったり、

逆に出来ないと思っていたことができたり・・・。

 

 

 

人は、どこかでできたモノサシ(常識)で生きている。

 

また、無知(未経験、知らない)も物事に大いに影響しているし、

 

欲、勘違い、究極は「自分」と思い込んだ視点も人生に大いに関係している。

 

 

 

 

以前、悟り的視点ができたころは、

 

「モノサシ」と「無知」が苦の原因のトップ2、だと思ったりしていた。

 

 

 

しかし、また違う視点がでてきた。

 

「モノサシ」はそれまでの人生でそれを持つしかなかったのだから、それはそれでいいのだ。

 

 

 

それよりも今の「自分」と思い込んでいる思考の世界に没頭してしまっていること。

 

ゆえに、その「モノサシ(常識)」を大いに疑ったりさらに考える、ことができなくなっていることこそが問題なのかもしれないと思った。

 

 

 

問題と書いてしまったが、問題でも問題でなくても本当はそれでいいのだが。

 

ただ、悟り的視点が増えても、全くなくとも、

 

生きやすくなるポイントなのではないかと思っている。

 

 

 

前向きな言い方で、

常識を疑うことを表現すると、

 

道はある

道はある

必ずさらなる道がある

 

としておきたい。

 

 

 

明日も笑顔、今日も笑顔、よい日がすべての万人万物に日々太陽の光のようにふりそそぎますように🍀