私が小学校2年生くらいのこと。
バスで家まで帰宅していた時のことです。
座席がなかったため私は立って近くの椅子を掴んでいました。
バスは結構な速度で坂道を走り、勢いをつけて自宅最寄りの停留所にとまります。
よろっとバランスを崩した私を、横に座っていた男性が手で支えてくれました。
本来なら丁寧にお礼を言うべきところを、私は慌ててその手を振り払い逃げるようにバスを降りました。
その人の手は、大小の無数のこぶのようなものに覆われていたのです。手だけではありません。見えている範囲は全て、そうでした。
その時はビジュアルに圧倒され、ただただ怖いと思い、逃げたのです。
もやもやと心の中に引っかかる出来事でした。
時間は経ち、私は医学部の5年生になりました。
医学部の5,6年生は大抵は白衣を着て病院内で実習をしています。
神経内科を回ったときのことです。
ある患者さんにご挨拶したとき、小学生の時のあのバスでの出来事がはっきりと思い出されました。あの時の人と全く同じでした。
それは神経線維種という疾患だったのです。
私は知らなかった。
優しい手を振り払い、怯えるようにしてバスから逃げ去った。
知らなかったから、幼かったから、許されるのでしょうか。
あの人の心をどの位傷つけたのでしょうか。
小学生の私が神経線維種を知らなくても責められないけど、人がどんな態度を受けたら悲しい思いをするのかについてもっと想像力を働かせておくべきだった。
皮膚疾患や精神疾患は比較的ダイレクトに人にインパクトを与えます。
関わりたくない
何となく怖い
そういう気持ちを受けやすい。
私が感じた無知の罪深さは、疾患についての知識ではありません。
こうしたら人が傷つくだろう、悲しむだろう、といった想像力の足りなさのことでした。
もちろんそれに加え知識があればより恐怖感は薄れますし、私自身もブログで出来るだけ発信したいという気持ちがあります。
もうバスの人に会う機会はないため、お礼を言うことは出来ません。
ふとあの人を思い出すことがあり、そんな時は心の中で手を握ってお礼を言うことにしています。
それくらいしか自分の気持ちを整理する方法がないのです。
思い出話にお付き合いくださりありがとうごさいました。
りらこ
