人生が自分の思う通りに行っている人って、いったいどのくらいいるでしょうか。
完璧だ!という人はあんまりいないかもしれません。まあまあ上出来、、という人は結構いるかもしれませんね。
私は、高校生〜大学生の初めまでは自分の人生を自分で決めるという感覚が今ひとつ分かりませんでした。何か大きな流れに乗って、気がついたらそこにいるような感じがしていました。
いつも周りの人間関係を気にしていて、あるコミュニティで自分はどんな立ち位置なのか、自分は周囲から求められているだろうか?というそんな気持ちをよく持っていた事を思い出します。
20歳までは自分がどんな価値観を持っているのかすらはっきりしないから、仕方がないといえばそうなのかもしれません。
医学部に入って、1つ目標を達成したことで少しは自信もつきましたが、部活に入ると今度はそこでの人間関係が気になりだしました。
まあ大して勉強もせず、何となく部活、飲み会に明け暮れていたら留年していました。
ショックでした。
部活終わりに進級発表の貼り出しを見に行ったとき、掲示板の前で同期や後輩に気を遣われすぎて、皆に無言で立ち去られた思い出は素晴らしくトラウマになっています。笑
ただ、この留年をきっかけに一念発起して色々な活動に手を出したことは良い事でした。
その他、詳しく書けないほど色々な事に直面して、もうどうしようもないのではないかと思ったこともありましたが、その分量だけ人の苦悩に共感的になれているのではないかと自分では思っています。
20代後半でこんなことをいうのも本当に生意気ですが、
人生は結果オーライです。
地図を広げて簡単に目的地を設定したら、そこに行くまでの道のりは自由です。
しかも目的地を変更してもいいのです。
目的地が決まらなければ周遊してもいい。
トラブルに巻き込まれるかもしれないけども、自分の船だという意識さえ忘れなければ何とかリカバリーできるでしょう。
とても楽しい旅だと思いませんか??
訳もわからずブレていた10代や20代前半の時から、自分の人生の舵取りは自分だというこの意識を持っていたかったなぁと今は思います。
その意識づけとして、1つ1つの選択をする時に理由を考えるようにしています。
例えば白いニットを着るか黒いニットを着るか
→今日は暖かいから重くならないように白
とか。
とても小さな例ですが、これを繰り返すことで自分で選択を掴んでいるという意識が生まれる気がします。誰でも必ず来る大きな選択に備えて小さなことから始めるのです。
疲れている時はお休みしますが。
そして、人生の中では自分の力でどうしようもないくらいの濁流に飲まれて溺れそうになる方もたくさんいます。
そういうピンチの時は選択をする力すらなかったりします。
研修が終わったらば精神科医として出来ることをお手伝いしたいと思っていますし、自分が飲まれた時もリカバリーできるようなメンタルマネジメント力を身に付けたいと思っています。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
みなみ智
