こんばんは。


魂響書宣   たまゆらしょせん   恵理子です。







これは昨日の夕空



刻々と空の色が変わっていって


とても綺麗でした



時系列でどうぞ
















昨日は日航機墜落事故から35年目の日。



当時 私は高校生で


翌日  バイト先の喫茶店で


マスターが新聞を見ていた時


この衝撃的な事故のことを話したんですね。




この事故で乗員乗客524名中


奇跡的に助かった方が4名。



その中で私は


年齢的に近かった12歳の女の子に感情移入して



「自分以外の家族が死んでしまって


自分だけ生き残ってしまったとしたら


悲しすぎて生きていけないと思う」



と言ったんです。





その時のマスターの言葉が忘れられなくて。




マスターは


「その時にたとえ辛くても


生きてさえいれば きっといいことがあるよ」


と言ったんです。





毎年  この日 


この事故の追悼ニュースを聞く度に思い出すんですよね。





関連のネットニュースを見ていたら

生存された4名の方は皆さん 

幸せに過ごされている とのこと。


少女だったあの方も

今は3人のお子さんのお母さんだとか。



救助にあたった自衛隊隊員だった方

事故処理に尽力された墜落地の村長さん

安置所で対応された方

慰霊の地を守り続けておられる方の話もありました。


特に 村長さんの

「御巣鷹山は520人の命を奪った山と言われるが

私は4人の命を救った山だと思っています」

という言葉が印象的でした。



皆さん  色々な思いがあっての35年で

その後の人生にあの事故は大きく関わったそうです。




心情は計り知れませんが 

「マスターが言っていたことは本当だな」

と思いながら 今年はあの日を思い出しました。






ご遺族の方々が心の拠り所として綴った文集の名前は

「茜雲」というそうです。



空も追悼していたのでしょうね。



どうぞ安らかに。



消えることは決してない

ご遺族の皆さんのお気持ちも

どうか安らかでありますように。