映画観賞……それは時に○○億円もの制作費をかけた作品を、だいたい2000円前後で楽しめるめっちゃコスパの良いエンタメ……。
これは、当劇団きっての映画好きにして、殺陣と小道具美術担当の筆者が、コロナ禍からようやくかつての日常を取り戻しつつある現代社会いおいて、筆者の独断と偏見といい加減な知識と思い出を元に、徒然なるままに……徒然なるままにオススメの映画について書くコーナーである。
▼『映画を語れてと言われても』
第一五〇回『いつだって 必ず人生もまた‥‥‥“雨あがる”』
タグ:時代劇 黒澤明 チャンバラ 江戸時代 夫婦 剣術指南役 仕官 浪人 藩 お殿様 侍 道場破り 御前試合 寺尾聰 山本周五郎
『雨あがる』
2000年公開
監督:小泉堯史
脚本:黒澤明
音楽:佐藤勝
出演:寺尾聰 宮崎美子 三船史郎 吉岡秀隆 原田美枝子
あらすじ
江戸時代‥‥‥日本の何処かで‥‥‥。
剣の腕は立つものの、お人よし過ぎて浪人の身となった三沢伊兵衛(演:寺尾聰)は、仕官先を求め、妻のたよ(演:宮崎美子)と共に藩から藩へ放浪の旅を続けていた。
その移動の途中、とある河にて大雨に伴う増水で渡河ができず、二人は河の近くにある宿で、同じ事情で泊ることとなった客たちと親交を深めながら、河が渡れるまで足止めされることとなっていた。
そんなある日、たまたま散歩の途中で出くわした若侍同士の決闘を、その優しい人柄と剣の腕前で納めた伊兵衛は、その一部始終を見ていたその藩の藩主・永井和泉守重明(演:三船史郎)に認められ、藩の剣術指南役にならんかと持ちかけられる。
しかし、藩内の諸家老への理解を得る為には、いかに殿の鶴の一声があってもそれだけでは足りず、伊兵衛は藩の剣術指南役を決める為の御前試合へ出場することとなる。
はたして伊兵衛はこの好機を活かし、無事仕官することができるのであろうか??
さて今回は2000年公開の邦画時代劇の隠れた(?)名作回です。
原作は多くの人が名前くらいは聞いたことがあるであろう時代小説家の重鎮・山本周五郎です。
ここでも紹介した名作『七人の侍』の監督、巨匠・黒澤明監督が撮った『椿三十郎』や『赤ひげ』の原作を書いたお方でもあります。
その黒澤明監督が、生前に監督すべく脚本を書いていたのが本作となります。
つまり本作は最後の黒澤明(not監督)作品でもあるのです!
監督はその黒澤明監督の元で、長年助監督を務めてきた小泉 堯史。
本作後は『博士の愛した数式』や『峠 最後のサムライ』なんかを撮るお方。
音楽は同じく黒澤明監督作の『用心棒』『椿三十郎』や『隠し砦の三悪人』などなどの他、『ゴジラの逆襲』以後のゴジラ映画など、数多くの邦画音楽を担当してきた佐藤勝。
その他、本作のスタッフには、かつて黒澤明監督作に携わった人達が数多く参加しております。
そして主人公の伊兵衛を演じたのは寺尾聰。
『ルビーの指輪』等が有名なミュージシャンにして、いわゆる石原軍団の一員として1980年代の大ヒット刑事ドラマ『西部警察』や『太陽にほえろ』などの出演で活躍し、今も活躍し続けている名優です。
本作では彼をモデルに脚本が書かれたのか? と思うくらいピッタリの役を見事に演じております。
その伊兵衛の妻たよ役に宮崎 美子。
同じく190年代からCMモデル・グラビア・女優・タレントと活躍し、幅広く活躍し続けてきたお方。
彼女もまた本人と役柄がピッタリあったお芝居を見せております。
そして伊兵衛が訪れた藩の庵主・永井和泉守重明のお目付け役の若侍、榊原権之丞役にはご存知、吉岡秀隆。
2024年現在、米アカデミー賞視覚効果賞を獲得し、大ヒットし『ゴジラ-1.0』で好演した他、ドラマ『北の国から』での純くん役で有名なお方。
本作では殿に歯に衣着せぬお付きの侍役を朗らかに演じております。
そしてその、伊兵衛と出会うなり藩の剣術指南役にすると決めてしまう破天荒お殿様・永井和泉守重明役に三船史郎。
あの『七人の侍』や『用心棒』や『椿三十郎』の主演、三船敏郎の御子息であらせられるお方。
もう今回の本コーナーで筆者が一番伝えておきたかったことを書いちゃいますが、本作の魅力は色々あるのですが‥‥‥筆者としては本作の魅力の3割はこの三船史郎演じるお殿様にあると思っているのです!
さらに黒澤明監督作品で小お馴染みの俳優であるだけでなく、邦画界が誇る名優の仲代達矢も伊兵衛の師匠役で出演。
筆者の好きな、どこかすっとぼけていながらカミソリのような鋭さをもつお爺ちゃん役を演じています。
そんなスタッフ・キャストでお送りされた本作は、国内外で大好評となり、まず多くの映画賞を受賞する結果となりました。
なぜそのような好評を得ることでできたのでしょうか?
その大まかな理由の一つは、本作が黒澤明監督作の遺伝子を継いでいる‥‥‥あるいは継ごうという意思の元に生み出された作品である気がします
ようするに本作は、もしも2000年に黒澤明監督作が存命であったならば、どのように本作を撮ったのか? を目指して作られていると思われるのです。
と同時に、本作の映像、音楽、キャストの熱演は全てが、山本周五郎原作を、その黒澤明が脚本家した『雨あがる』という物語の有する〈雨あがる感〉をいかに表現するかに注力して作られた作品な気がします。
ここで言う〈雨あがる感〉とは、この言葉から受けるイメージそのままの『雨があがった時の晴れやかな気分』のことです。
本作は見た人に、こんな言葉で例えられるような晴れやかな気分を味わってもらうことを目指し、(故)黒澤明監督作が脚本を執筆し、2000年代のスタッフ・キャストが一丸となって撮った作品なのではないかと思うのです。
で、如何にしてその目標を実現したのか、具体的に言えば‥‥‥。
まずは美術班やロケ班などの尽力です。
本作はセット撮影はもちろん、ロケ撮影もふんだんに行い、キャラたちが生きる舞台を映像に納めているのですが、そのクオリティが一線を画しているのです。
ロケ地の山々や、青々とした深い森、増水した河に、後にそこを渡るシーンなど、美麗な自然溢れる風景がこれでもかと見ることができるだけでなく、伊兵衛の訪れた藩の豪華絢爛な城やその内部、宿場の外観と内部、御前試合が行われる庭園など、あの時代のあの場所が、ロケやセットや美術もろもろによって見事に映像化されているのです。
ただ美麗というだけでなく、あの時代のあの場所に実際にありそうと思えるリアリティが素晴らしいのです。
そこがハイクオリティであるからこそ、本作の物語に見た人は没入できるのではないでしょうか?
そして時代劇ならではの殺陣‥‥‥すなわちチャンバラもまた、本作ではちゃんと用意されており、そのクオリティもまた良きなのです。
本作は『雨があがった時の晴れやかな気分』を目指していると書きましたが、藩の剣術指南役をかけた御前試合のお話ですので、それにまつわるチャンバラシーンによって、エンターテインメント性も確保されているのです。
そしてそのチャンバラがあるからこそ、伊兵衛の生き方や最後の晴れやかな気分がより際立つのです。
そのチャンバラのテイストは、実にソリッド。
言い方を変えれば地味で淡泊とも言えますが、奇をてらったことをしないがゆえの演者の力量そのままの殺陣と、抜いた刀で殺し合うことの恐ろしさが表現されている気がします。
なかでも筆者がお気に入りのシーンは、伊兵衛が森の中で何度か行う剣舞のシーン。
伊兵衛というキャラクターと本作のテイストを現した、実た良い剣舞シーンなのです。
そしてなんと言っても山本周五郎原作、黒澤明脚本による物語です。
本作は、腕は立つけど仕官できない侍とその妻の夫婦が、その優しさと強さによって報われるのか否か? のお話なわけですが、出会う人々と、伊兵衛たちとのやりとりによって、実に気持ちよく結末へと向かうのです
これは寺尾聡演じる伊兵衛のキャラ造形が魅力的であったことが、とても大きかったと思います。
彼は作中において、縁もゆかりも無い人達に出会っては、何の見返りも求めずに優しさを発揮するのです。
それは河の増水で足止め喰らい、険悪な雰囲気となった宿の客たち全員に、皆が仲よく出来るようにと酒と食事を自腹で振舞う程。
そして彼が口にする『人はみな、悲しいものですから‥‥‥』『刀は人を斬る為のものではありません! 自分の迷いを断ち切るものなのです!』といった台詞の中にも、彼のキャラクターがよく現れています。
そしてそういった伊兵衛というキャラを、他ならぬ寺尾聡が演じていることで、本作の物語が成立している気がするのです。
本作はそういった美術や殺陣や脚本やキャラ造形によって、『雨があがった時の晴れやかな気分』を目指したことが魅力の作品なのではないでしょうか?
‥‥‥とかなんとかと長々とかきましたけれどもこの映画、前述しましたが、やっぱりなんといっても三船史郎演じる舞台となる藩のお殿様・永井和泉守重明の魅力が3~4割は占めている気がするんですけどね!
それは例えば、田中邦衛が主演の作品を見終わった後で、表情やしゃべり方や口元が田中邦衛っぽくなってしまうがごとく、本作を見終わった後、筆者の口調が件のお殿様っぽくなってしまった程のガツ~ンとしたインパクト!
三船史郎は本作の演技で、日本アカデミー賞優秀助演男優賞をとった程です。
はたして筆者は、このお殿様のどこがそんなに刺さったのか? 本作を未見の方は、どうかその目でご確認下さい!
さてここでいつものトリビア。
本作の原作は実は映像化されるのは初めてではなく、TVドラマとして藤田まこと・中村玉緒主演『夫婦旅日記 さらば浪人』などとして、過去に四度程映像化されてるそうですよ。
‥‥‥ってなわけで『雨あがる』もし未見でしたらオススメですぜ!