中山道~鵜沼宿 | 散策侍

散策侍

様々な歴史建造物を建築目線で再確認するブログです。たまに美味しいものなども・・・

こんにちは。爆  笑

人肌恋しい秋の夜長、いかがお過ごしでしょうか?

段々と陽も短くなり秋の気配を強く感じられるようになりましたが、先日はお彼岸ということもあって犬山へお墓参りに行ってきました。

道中、対岸の岐阜県各務原市鵜沼宿を散策したのでその様子を。

 

下矢印鵜沼宿にはこんな家々が建ち並んでいます。

もちろん人も住んいるのですよ。

 

 

下矢印かつては中山道の宿場町として栄え、歴史上の有名人が行く度か往来しています。中山道として整備される前にも東山道として平安末期あたりから存在したようです。走る人

 

 

下矢印きれいな水がサラサラと流れます。

 

 

下矢印こちらは鵜沼宿脇本陣跡。

松尾芭蕉も訪れています。

 

 

 

下矢印屋根の両サイドの防火隔壁、「うだつ」が高いと格式の高いお宅なのです。「うだつが上がらない」の語源ですな。因みにこちらは復元建物です。

 

 

下矢印こちらは現在町屋館となっている建物でかつては旅籠、郵便局を営んでいた旧武藤家住宅。

濃尾地震で倒壊したため再築建造物になります。

 

 

下矢印瓦屋根と大口径の材木によって造られた日本の建造物は重厚感があってそれでいて細かい仕事が施してあるので見ていて飽きません。メモサーチ

 

 

下矢印今回見たかったのはコレ。

旧大垣城の鉄門。旧安積家にあったことから安積門とも言われます。

 

 

下矢印メンテナンスはしてあるかと思われますが現存建物です。

明治になって払い上げによりこの地に移されたので戦災を逃れ現存しているのです。こういう「城の欠片」は他にも多数存在するかと思いますので是非教えて下さい。

 

 

下矢印高麗門の鉄門で現存するものは他に大阪城表門、名古屋城表二ノ門、そしてこの大垣城鉄門の3例だけです。

伊予松山城城鉄門などは現存ではなく復元になりますので。

 

 

下矢印屋根は漆喰と瓦で防火対策が採られています。

 

最後までありがとうございました。

緊急事態宣言が解除されたらちょくちょくと出かけてみたいと思います。

 

下矢印オマケ。

コレ、カラー写真やイラストが多くて面白かったです。

 

 

下矢印スーパーで発見したので食べてみました。

赤いスープですがそれほど辛くも無く見た目よりもマイルド。グッド!

信長様にもマイルドな一面があったのかもしれませんネ。

イヤ、無いか。汗