左巻きは平気で嘘をつき、暴力的な行為をする! | 井上政典のブログ

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 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
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 ただし、社会人としての基本的なマナーは守ってくださいね。

 対馬市の市議会で明日12日に、高レベル放射性廃棄物処分場の文献調査の受け入れの可否を議決します。

 

 今のところ、推進派の市議が多数なので受け入れの決議となると思われますが、昨日は議会のおひざ元で反対集会があったそうですが、主催者発表で580人だそうです。でも、写真を見る限り、そんな人はいないようにお見受けします。

 

 前回の反対集会も200人参加といって実際に参加していたのは100人程度でした。

 

 やはり左巻きは平気で嘘をつきますね。

 

 今回はまだ情報が入りませんが、580人という数字はきっと違うと私は思っています。

 

 推進派の人たちとも、反対派の人たちとも話したり、情報を聞いたりしているのですが、その感想を述べたいと思います。

 

 ただ私は推進派ですから、当然推進派の人たちからの情報量が多いということを割り引いて聞いてくださいね。

 

 推進派の人たちは、対馬市に新しい産業を持ってこないと対馬市の人口が毎年600人ずつ減っている現状において大きな危機感を持っています。そこが私たちとの共通認識であり、このままだと自然とともに朽ち果てる可能性が多々あります。

 

 福岡からの飛行機代は30分ほどで到着しますが往復3万円、水中翼船もありますが、二時間ほどかかります。

 

 アクセスがとても悪いのです。福岡に住む私でも、どうせなら車でいけるところにお魚もおいしく、温泉のあるところがいっぱいある九州ではわざわざ高い交通費を払っても対馬に行く機会はなかなかありません。

 

 そのために、対馬の観光業界はどうしてもプサンから一時間ほどで片道1000円くらいで海外旅行のできる韓国からの観光客が増えるのは当然ですね。

 

 また朝鮮通信使のお祭りをするくらい、対馬の人たちは半島の人たちへの拒絶感は九州本土よりも小さいのです。

 

 だから「処分場ができると観光客が来なくなる」という言葉の裏には、「韓国からの観光客」というニュアンスがとても色濃く入っています。

 

 反対派の市議の一人の脇本市議の勤務先は韓国人がオーナーの韓国人観光客が中心のホテル勤務です。

 

 こういう類推を書かなくてもいいように、「対馬に処分場ができたら韓国からの観光客が来なくなる」とはっきりと言ってもらえれば、もっとわかりやすいのにと思います。

 

 韓国からの観光客を受け入れ続けても現状維持もできません。政治的な問題やもうすぐ韓国経済を襲う大不況などを考えれば韓国からの観光客を当てにする産業では浮き沈みが激しすぎます。

 

 今回多くの市議が賛成に回っているのは、日韓関係の悪化と武漢コロナで韓国からの観光客がパタッと止まって対馬経済が瀕死の状態になったからです。

 

 賛成派の多くの人たちが韓国からの観光客頼みの対馬経済ではもう駄目だと理解しています。

 

 でも、反対派は「反原発のウソ」を信じ込み、「放射能が怖い」と言い続けています。

 

 何度も言いますが、放射線を出す能力がある物質を「放射能」とよび、人体に影響するのはそこから出る「放射線」です。でも、その放射線が直接細胞に悪さをするのではなく、放射線が人体に入って「活性酸素」を作り出し、それが体の細胞を酸化させてがんなどに変化するのです。

 

 放射線は直線的にしか進まないために、有効な遮蔽物を置くと遮断できます。その一番の遮蔽物が「水」であり、「土」なのです。

 

 だから漏れ出さないようにガラスに変化させたガラス固化体を幾重にもくるんで地中深く埋めることにより、安全に効果的にお鎮まりいただくことができるのです。

 

 まず立坑をほり、そして海に向かってトンネルを掘っていくのです。その工事量は青函トンネルの6本分ほど。莫大な工事量となり、工事期間も当然のことながら、埋めていく作業にも多くの雇用が生まれます。

 

 もちろん高い放射線量がありますから、埋めるときはロボットがリモートコントロールでしますが、そのロボットのメンテナンスや除染などの作業は人がやります。そのための技術者や作業員の雇用がずっと続くのです。

 

 私を含め賛成派の人たちは、この高レベル放射性廃棄物の処分場をゴミ捨て場という認識はなく、一大ハイテク産業を誘致するという観点から考えています。だからこの処分場の建設が始まれば、大きな雇用とその周辺産業が対馬にもたらされ、人口流出が止まるどころか、移住者が増えて人口の増加が見込まれるのです。

 

 これは最低でも40年、その後の活用方法を考えるともっと伸びると思います。きっとそのころは処分場の拡大を対馬の住民から要望することになることでしょう。

 

 反対派の人たちはそういう情報には耳を貸さないので、馬毛島の射爆場のように一度建設したら一般人が入れない工事と同じように考えている人たちもいますが、全く的外れです。

 

 処分場の建設を始めたら、いろんな技術者や作業員およびその家族が対馬に入ってくるために島の経済が韓国からの観光客に依存しなくても十分に回り始めるのです。

 

 そして50年以上前は7万人を有した人口があるために、インフラが整っているのです。もちろん手を加えなければならないほど老朽化してるでしょうが、それを刷新することにより今いる住民にもインフラの整備されるという恩恵が来ます。

 

 政府は時のリーダーによって腹黒い時も、汚い時もあるのは重々承知です。

 

 でも、日本のモノづくりに対しての真摯な態度は古来からの伝統であり、モノづくり大国日本は健在です。だから私は技術者は信じるのです。彼らは科学という誰もが一定の知識さえあれば、可視化できる技術を扱っており、そこにはごまかしの余地はありません。

 

 特に原子力に関しては、ごまかせば自分の命が危険にさらされるからもっと厳密です。

 

 従事する技術者も作業員も命がかかっているのですから。

 

 ああ、昨日のブログで書き忘れたことですが、使用済みの燃料棒からプルトニウムを取り出す際に科学分離をして比重の違うプルトニウムを抽出するそうです。

 

 その際に高放射線を出す物質を遠心分離器にかけるのですから、その遠心分離機が放射線を浴びてしまい、汚染されます。つまりそこで働く人たちに高レベル放射線が降り注ぎ、とても危険なのです。その汚染された遠心分離機をいちいち交換していたら莫大な費用が掛かりますし、その機械の処分費用も掛かります。

 

 だから原子力発電所から出た使用済み燃料棒から核兵器で使用するプルトニウムを製造できないのです。

 

 このように働いている人の安全も確保しつつすべてにおいて安全に操業しているのが原子力産業なのです。

 

 私は文系の素人ですが、瑞浪(長野県)・幌延(北海道)の深地層処分の実験場や六ケ所村に視察をさせていただき、日本でもトップクラスの先生たちを友人としているために、正確な情報を得て、こういう問題をここで書いて、皆さんに少しでも理解してほしいと思っております。

 

 左巻きの学者と呼ばれる人たちが話し始めたら、その人の専門を聞いてみてください。環境学とか、文化人類学とか、原子物理学とは全くの関係のない、イデオロギーの世界の人たちが多いと思います。

 

 その人たちの背景の多くが、日本の繁栄よりもCHINAや半島の繁栄を願っている人たちが多いのが事実ですよ。

 

 そして対馬の反対派の一部は賛成している市議やその後援者を恫喝し、警察沙汰になっています。目的のためなら手段も択ばない共産党員と同じようなことを平気でしています。

 

 対馬の分断を促進しているのは反対派の人たちで、それがどんどん過激になってきています。ただ対馬では警察が正常に機能しているために、こういう反対派の過激な行動は積極的に取り締まるそうです。

 

 

 

 日本国には人材と資源があり、豊富な水がきちん確保されています。あとはエネルギーがあれば持続可能な成長のできる世界でも珍しい国です。

 

 明治に急速に文明開化できたのも、豊富な石炭という資源があったからです。

 

 しかしそれが石油になっていくとほとんどを輸入に頼らざるを得なくなり、それを止められたために不幸な戦争になりました。

 

 原子力の平和利用は、日本国民が健やかに暮らしていくためには必要不可欠なものなのです。二度と戦争に巻き込まれないためにもエネルギー安全保障を盤石なものにせねばなりません。

 

 それが原子力発電です。今は核分裂によってエネルギーを取り出していますが、より安全な核融合炉の技術をもっと発達させ、人口で作り出した太陽を身近に置く必要がありますが、その技術を完成させるためにも、原子力発電所をもっと作り、それを改良し、安全に運営していく技術者の底辺を広げるべきなのです。

 

 野球やサッカーやラグビーが強くなってきているのは、それらに取り組み競技人口が増えているからだと言えばよくお分かりになるでしょう。

 

 逆に日本の国力をそごうとすれば、エネルギーを不安定なものにすればいいだけのこと。そして技術者になる人を減らせばいいだけのこと。そのために悪魔の伝道師の山本太郎やブロック河野太郎がいるのです。

 

 ヨットは風で航行できますが、大型貨物船は風では動きません。それが再生可能エネルギーの限界なのですよ。

 

 イメージや刷り込まれた知識に惑わされることなく、視野は広く、視点は高く持ちましょう。