朝鮮学校の県からの補助金は権利ではない。 | 井上政典のブログ

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 歴史ナビゲーターの井上政典がお贈りする祖国日本への提言です。
 
 ご意見は賛成反対を問わずどんどん書いてください。

 ただし、社会人としての基本的なマナーは守ってくださいね。

 まず長野県で起きた消防ヘリの事故で、多くの人命を救助したベテランの消防士の方々が殉職されたことに哀悼の意を込めて感謝の誠をささげます。今までお疲れ様でした。

 

 さぞ無念だったでしょう。さぞ心残りがあるでしょう。この方々の経歴を見てこの痛ましい事故を見ると「神も仏もないのか」と思ったのは私だけではないと思います。

 

 

 さて、本文に入ります。

 

 神奈川県の黒岩知事が英断をしています。

 

 >>>引用はじめ

 

 県内5校の朝鮮学校に通う子どもたちへの学費補助を県が留保・停止した問題で、神奈川朝鮮中高級学校(横浜市神奈川区)の生徒5人が2日、県庁を訪れ抗議の意思を伝えた。「差別ではないのですか」「県がすすめる多文化共生に反するのではないですか」。面会した県職員から問いへの返答はなかったという。 

 

 「勉強や部活が学生の本分。僕らがなぜこんなことをしなければならないのか考えてほしい」。高級部3年の***さん(18)は問うた。5日の卒業式の準備を抜け、同級生と足を運んだ。後輩のため思いを伝えに行こうと誰彼となく声が上がったという。 

 

 黒岩祐治知事は歴史教科書に拉致問題の記述がないことを理由に補助を止めた。「教育への介入。補助金は当然の権利のはず」「応援してくれる日本人は大勢いる。知事は『県民の理解が得られない』と言うが、誰の理解なのか」。***さん(18)を前に、県私学振興課の職員らは押し黙ったままだった。  神奈川新聞より

 

>>>引用終わり

 

 この補助金を留保・停止した問題で神奈川県の朝鮮学校の5人が県庁訪れ抗議の意思を示したと神奈川新聞が報じていますが、「補助金が当然の権利のはず」というところに大きく引っかかりました。

 

 朝鮮学校は日本の文部科学省の管轄ではなく、教育内容の指導が届きません。つまり日本の教育制度とは異質の独自の教育を施している学校です。

 

 それに今まで補助金を出していたのがおかしいのですが、どうしてこの在日朝鮮人の生徒さんは「補助金が当然の権利」だと主張するのか理解できません。

 

 推測するに;

 1.日本が朝鮮半島を植民地支配して朝鮮民族に多大な迷惑をかけてきたから。

 

 2.自分たちの先祖は日本に強制連行されてきたから。

 

 と朝鮮学校で習い、そう思い込んでいるからでしょうか?

 

 まず1に関してどれだけ日本が朝鮮半島のインフラを構築するために日本人の血税をつぎ込んできたのでしょう?

 

 年間の国家予算の三分の二は日本から補てんして朝鮮半島は意地運営されていました。今でも北朝鮮の電力を供給している東洋一のダムは日本のお金と技術で作り、80年以上建っても現在の北朝鮮に貴重な電力を供給しています。

 

 李氏朝鮮の時代は「文字」は両班のものであり、一般庶民は文字を読むことも書くこともできませんでした。それを漢字が学びやすい世宗の時に発明されてたな晒しにされていたハングル文字を朝鮮国民に教育したのは日本の総督府です。

 

 衛生環境が極端に悪く、非衛生的で風呂の習慣もなかった半島に衛生観念を教育し、幼児死亡率を下げ、平均寿命を延ばしたのも日本の統治時代です。

 

 ましてや朝鮮国民が自分の為政者を信じることができないために日本に併合を望み、国際条約によって日本の一部となった事実を知らないのでしょうか。

 

 2の強制連行も、戦時徴用で日本に連れてこられた人もいました。でも、戦後日本はその人たちを送り返しています。ところが朝鮮戦争時代に難民として大勢の朝鮮人たちが日本に密入国しています。

 

 彼らは日本の教育を受けたために日本語が話せたので、戦禍にあえぐ本国よりも戦後復興を平和裏に行っている日本にあこがれたのです。

 

 「扶桑」という日本の国を表す言葉があります。

 

 これは桑の葉の繁れる温暖で平和な土地が東にあるという古代中国の憧れの場所を示し、それが日本だったのです。

 

 桑の葉というのは蚕を飼うことができ、それによって生み出される繭から絹がとれます。絹は昔から高価なもので、豊かさを象徴しています。

 

 桑の葉で蚕を飼い、その繭から絹糸を取り出しそれを織物にして財貨を生み出すのは時間と手間がかかり、戦争に明け暮れる土地では無理なのです。日本は平和で温暖で人々が将来の富のための時間をとれるほどゆっくりと時が流れていることにあこがれの気持ちでこう呼んだのです。

 

 朝鮮戦争は同じ民族が社会主義(ソ連)と資本主義(米国)の代理戦争で血で血を洗いまいました。

 

 日本の戦国時代も同じ民族で戦争をしましたが、無益な殺生は控え、潔く負けを認めた軍の将は腹を切り、部下の命を助けました。だからあの関ヶ原の戦死者はたった6千人ほどだと言われています。

 

 これが大陸や半島だったら相手を皆殺しにするまで終わりませんでした。

 

 朝鮮半島は同じ民族でも容赦なく人殺しをするのです。朝鮮人の人たちの名誉のために書き加えますが、他の地域でも同じでした。日本だけが違ったのです。

 

 話を元に戻します。

 

 在日の人たちは、自分の意志で祖国を捨て日本に拾われた人たちなのです。

 

 それでも外国籍に固執し、独自の民族教育を三世四世の子供たちに施して日本における同化を防いでいるのです。

 

 三世四世の子供たちの中には、日本語しか喋れず、日本人と思って暮らし、本国に帰ると差別に会うという人たちが大勢いると聞いています。

 

 その人たちが辛淑玉のように「私たちは在日だ」と主張せずに、一緒の国に住む同志、仲良く社会のマナーや法律を守って暮らせば何も問題ないはずです。

 

 差別は昔はあったかもしれません。でも、福岡では特に、誰が在日で誰が日本人か見分けがつかなくなっています。

 

 いつも私はここで書いていますが、私は在日だから朝鮮人だからと言って嫌ったり、差別はしません。

 

 私は反日が嫌いなだけです。

 

 日本に私たちと一緒に住むのなら、日本の法律やマナーや習慣を守って仲良く暮らしましょう。それができないで自分の主張ばかりを繰り返すならば、別に嫌いな国に住み続ける必要はないでしょう。

 

 在日の先人たちも自分たちの自由意思でこの国に来たのなら、自分たちの自由意思で自分の好きな国へ帰ればいいだけの話です。

 

 自分たちの民族教育に固執するなら、本国から送金したり寄付金を広く集めて学校を運営すればいいだけの話です。

 

 自由の国日本では、そういう行為がちゃんと法律で保障されています。

 

 北朝鮮は反日国家だと思います。多くの日本人を拉致し、家族から切り離しています。年老いた家族は再び子供に会う前に命の火が消えています。

 

 小泉訪朝の際に、金正日は国家の犯罪として認めました。5人だけ返してきましたが、残りの多くはいまだに北朝鮮に残されています。

 

 これは日本という主権を侵害しており、広義の戦争状態と言って過言ではないでしょう。

 

 さらに日本の排他的経済水域内にミサイルを撃ち込む国を反日国家、敵性国家とみなして何がおかしいのでしょう。

 

 敵性国家の国民ならば、敵国で済み続けるのに少しくらい肩身が狭くても当然のことだと思うのは差別でしょうか。

 

 在日の当然の権利というなら、拉致された日本人の権利はどうなっているのでしょうか。

 

 その拉致された人たちの権利を主張し、応援するのはヘイトスピーチなのでしょうか。

 

 朝鮮学校への補助金は当選の権利ではありません。もともともらう資格自体ないのです。

 

 泥棒に追い銭は通用しなくなっていることに早く気づいて、日本で済み続けたいのなら何をしなければならないのかを真剣に考えてみてほしいと思っております。