小沢一郎と一期一会 | 井上政典のブログ

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 小沢一郎を擁護する論調もちらほら見かけられるが、この人たちは実際の小沢一郎を知らない人だと思います。私もあったことはありません。ただ、小沢一郎の近かった人たちに数人に直接話しを聞いたことがあります。その情報と彼の自民離党後の政治活動を観察してきて、極悪人だと判断してずっと主張し続けています。

 とくに震災の時の小沢の行動に注目していました。

 なぜならば彼の選挙区の岩手が被災地になったからです。彼の師匠の田中角栄氏だったらどうするかと考えると、角栄氏は真っ先にトラックに援助物資を満載して、涙を流しながら一人ひとりに物資を配り、東京にとって帰ると必要な役人を呼びつけ、すぐに復興対策を取るように指示して陣頭指揮を執るなり、腹心にとらせたと思うからでした。

 それほど、田中角栄氏は自分の存在を知り、どう動けば人の感動を呼ぶかを熟知していた政治家であったと評価しています。マスコミから金権政治と袋叩きに合いましたが、少なくとも小沢一郎よりはその集めたお金をみんなのために使っていました。

 でも、この小沢一郎は沈黙したままでした。何をしていたかもよくわかりませんでした。

 ところが今日の産経新聞の記事に小沢一郎の奥さんの離婚手紙の中に、震災後放射能が怖くて東京から逃げていたことが明らかになりました。私の想像以上の政治家に不向きな人間だったようです。

 「一期一会」という言葉があります。世間一般では千利休の言葉で『この広い世界で出会えたのは奇跡だからこのご縁を大切にしましょう』という意味が主流になっていますが、これは間違いです。

 まずこの言葉が文字として残っているのは、井伊直弼のお茶の極意を説明する文章で、千利休ではありません。その高弟が使ったと言われていますが、文献上のこっているのは井伊大老がまだ下済みで世に出る前でした。

 そしてその意味も、『一期というこの一瞬を過ぎればその人は成長し別な人になっている、どんなに親しい人とも狎れ合いになるのではなく、常に新鮮な気持ちで相手と接しなければならない』という意味で、知らない人との出会いよりも、一番親しい人との出会いを大切にと言っているのです。

 この言葉は小沢一郎氏は知らないことでしょう。というのも一番親しいはずの奥さんから政治生命のかかったこの時期に「とどめ」とも言われる手紙を週刊誌に発表されるような攻撃を受けるからです。

 女癖が悪かった山崎拓氏を救ったのは氏の奥さんでした。奥さんの涙の訴えに支持者が心を動かし、当選させました。その後落選しましたが、あの時に奥さんの働きがなかったら復活はできていませんでした。

 小沢一郎は、CHINAで「私は人民解放軍の野戦司令官です」とぶち上げましたし、韓国では「外国人地方参政権付与を実現します」とも言っています。そして震災後は一年近くも被災地に入らず、沈黙を守っていましたが、それが放射能が怖くて入れなかったと聞けばやはりそのような人だったのかと思うしだいです。

 はじめはこの人に引かれて人が集まりましたが、付き合えば付き合うほど嫌いになるらしく、昔からの友人が一人もいません。そして今回のように一番裏の裏を知っている奥さんまでにこのようなことを暴露されては、この人の政治生命は絶たれたのも同然です。

 この人が日本の政界からいなくなっても何も惜しくはありません。なぜならこの人は日本国のために働く政治家ではないからです。

 さようなら、小沢一郎!