中村仲蔵 | 歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

歴史エッセイ集「今昔玉手箱」

本格的歴史エンターテイメント・エッセイ集。深くて渋い歴史的エピソード満載!! 意外性のショットガン!!

歌舞伎十八番の仮名手本忠臣蔵は、江戸の昔から人気演目。
夏の暑い時や暮の忙しい時でも、なぜだか客が入ったという。
大序に始まり、四段目の判官切腹の段でちょうどお昼。
五段目の山崎街道の場は、別名「弁当幕」と呼ばれていた。
客は弁当に夢中で芝居を見ない。夜具縞のどてらを着た
浪人・定九郎が、山崎街道で追いはぎ強盗を働く場面と
あって、いい役者が出ない。

定九郎役が回ってきたのは、中村伝九郎座頭の「市村座」
大部屋にいた中村仲蔵40歳。不器用で何を演っても芸が
上手くない。普通なら風采の上がらない役+わが身の不運
を嘆き、愚痴を周囲に撒き散らすような状況だろう。とこ
ろが仲蔵は違った。

「何とか客を惹きつける工夫は出来ないものか? いくら零落
したとはいえ、元は赤穂藩士・斧九郎兵衛の倅だ。どてら着て
山崎街道で追いはぎ強盗はおかしくない? 」

そう考えてはみたものの、彼にふさわしい身装が思い浮かば
ない。困った時の神頼み。柳島の妙見菩薩に願をかけた。
満願の日、急にどしゃ降りのにわか雨。妙見様の脇にあった
蕎麦屋に駆け込んだ。蕎麦をたぐっていた所に、浪人が店内
へ駆け込んできた。五分月代(つきさや)黒羽二重の裏を
引っぺがして夏に間に合わせたもの。白献上の帯に大小を
差し、尻を高くはしょって破れ蛇の目傘を手にしていた。

仲蔵は「これだ!!」と思った。浪人に身装を細々問いただす。
「その方、古着屋か? ・・・・(^^;) 」

仲蔵は黒の衣裳に朱鞘の大小を差し、舞台袖に四斗樽に水を
張り、破れた蛇の目傘を漬けておいた。自分も湯殿で水を数杯
浴びて出番を待った。

「またも降り来る雨の足 人の足音とぼとぼと 道の闇路に
迷わねど 子故の闇に突く杖も 直ぐなる道の堅親(かたおや)に
一筋道の後ろより・・・」 チョーーンと幕が開く。仲蔵は
蛇の目傘をピシャーーッと開いてぐるぐる回しながら舞台へ。
上手に行く与市兵衛を蹴倒しておいて、破れ傘をかついで
濡れねずみのまま見栄を切った。

とまあ、仲蔵は定九郎の人物設定そのものを変えてしまった。
この芸の工夫によって、仲蔵は名人・大看板となり、定九郎役
は若手人気俳優の役どころになったという、落語「中村仲蔵」
の概要・・・今年亡くなった三遊亭円楽師匠の得意演目だった
んだよねー・・・合掌m(_*_)m


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