イエス・キリストは、天に上られる前に、「大宣教命令」を出されました。

そして、弟子たちは、その大宣教命令に従い、世界に福音を伝えるため、ペテロは西にという具合に役割分担をしたそうです。

当然、イエス様は、世界に!と言われた訳なので、東に行く役割を与えられた弟子たちもいた訳です。

その役割を与えられたのが、トマスとバルトロマイだったようです。トマスとバルトロマイは、紀元1世紀、インドまで福音を述べ伝えるために来て、

沢山の教会を建てあげたそうです。1947年インド独立の際、初代インド首相が、古代にインドにキリストの教えが広まり、教会が建てあげられたことを話されていたようです。

今日は、日曜日、クリスチャンにとっては、日曜礼拝の日です。今日、クリスチャンである私は、日曜礼拝に行きました。

私は、クリスチャンになって11年、一生懸命祈っているつもりですが、どうも経済的祝福に恵まれません。

そんな祈りの課題を述べていたところ、ある教会の仲間から、浅草に住んで、偶像崇拝である神輿なんて、やっているからだよ。

神輿を担ぐことをやめないと祈りは聞かれないと思う、祝福なんて得られないと思う、と言われました。

人と争うことが嫌いな私は、そんなこと言ってたら、浅草に住めないよ、とさりげなくかわしました。

しかし、私は、ここに幾つかの間違いがあるように感じます。


一つ目は、浅草と神輿を勘違いしてます。浅草は、神社仏閣が多く、神輿を担ぐ祭りが盛んです。浅草に住む人で、地域に溶け込む人は例外なく祭りに参加します。私もある町会の青年部に入っており(経緯は別にして)、三社祭の祭りの催行、神輿の渡御に関わっている人間です。確かに三社祭は神を祀る祭りではありますが、浅草地元の地域の催事にもなっています。神社の氏子として、地域の氏神様として、三社様を祀っていることは確かです。ですが、個人差あり、宗教観を持って、祭りに参加している人は全てではありません。その意味で神輿を担ぐ、クリスチャンとしてとんでもないという発想は大きな勘違いと思います。


二つ目は、神輿は神の依代であって、偶像崇拝には当たらないという見解があり、神輿を担ぐ=偶像崇拝は早計な勘違いと思います。


三つ目は、本当に神社の神は、異教なのかということです。最初に述べたように、イエス様の大宣教命令を受けた弟子たちは世界各地に向かったことと思います。

日本にキリスト教が伝わったのはいつでしょうか?1549年フランシスコ・サビエルが伝えたのでしょうか?確かにザビエルは、カトリックを日本に伝えた人物です。しかし、そのはるか以前にイエスの教えは日本に伝わっていたはずです。トマスとバルトロマイの伝道はインドまでだったようです。しかし、この二人の教えは、仏教を変節させ、635年景教(ネストリウス派キリスト教と言われている)が唐に伝わり、太宗皇帝により、唐の国教にまでなり、当時、唐に遣唐使と行っていた最澄と空海はイエスの教えの一部を持ち帰り、自分たちの宗派の仏教に取り入れたと言われています。さらにそのもっと前、古墳時代、飛鳥時代に秦氏により、イエスの教えは伝わっていたと思われ、当時の神道の形成にも大きく携わっていたと思われます。和を持って尊しと成す、聖徳太子の言葉と言われていますが、日本には、外から入ってきたものをうまく取り込む術があったように思います。その意味で、神道も日本の仏教も伝わってきたイエスの教えをうまく取り入れたものと考えるのが自然ではないでしょうか?八百万の神、全てに神が宿るという古来からの習慣は、全世界、木々も人間も魚も動物も全て神が作ったとするユダヤ・イエスの教えと大きな齟齬はないように思えます。その意味で、一部のクリスチャンが異教の神社に行くと頭が痛くなるなどという発言はもはや狂気としか思えず、大きな勘違いと思います。


四つ目は、日本は誰が作ったか、天皇は誰の末裔なのか、という点です。都市伝説として、初代天皇は、神が繁栄を約束されたダビデ王家の末裔であったと言われていることです。日ユ同祖論は、トンデモ説として扱われますが、本当にそうでしょうか?八咫鏡の裏には、我在りて在るものとヘブライ語で書かれているとも言われます。紀元前700年頃、イスラエル王国が崩壊し、東に向かった人たちが日本に辿り着いたことは否定できません。ユダヤの神ヤハウエイのことが伝わっていたことも否定できません。ローマ帝国がキリスト教を国教としたのは392年テオドシウス帝によってです。そのはるか以前にユダヤの神、イエスの教えが日本には伝わり根付いたとすれば、神輿はアークの模倣だったという説もあり、偶像崇拝などというのは大きな勘違いと思います。今世紀最大の発見と言われる死海文書には、二人のメシアが登場すると書かれています。そしてその内の一人は聖書を知らない東の果てからやってくるそうです。2600年続くとされる天皇家。神のご加護がなくて、続くものでしょうか。


異教ですか。私にはそうは思えません。西回りのイエスの教えしか知らない人たちの言い方と思えます。





突然、ホテルビジネスには関係のない唐突な投稿をします。

私は、クリスチャンです。10年前にビジネスに行き詰まり、その時に友人に会い、牧師に会ってみない?と誘われたのがきっかけでした。

しかし、私には一つ引っかかっていたことがあります。それは、私が神道家系だということです。苗字にも神の字が入っています。

神道家系の私がどうして、クリスチャンになったのだろう?この10年そう思ってきました。

さらに不思議な感想があります。皆さんは聖書を読んだことがありますか?私は、10年前にクリスチャンになる前は、全く聖書なんて触ったことすらありませんでした。牧師から勧められて、半年いや一年近くかかって、聖書を通読しての感想は、日本人って随分聖書的だなぁというものでした。感謝しなさい、謙虚でいなさい、人を赦しなさい、どれも日本人には備わっているよなぁと思いました。どうしてかなぁと色々と調べてみました。

すると、さらに、色々と調べていくと、今の私たちがキリスト教と言っているものは、西洋キリスト教がという主張が目に入ってきました。ん?他のキリスト教があるのか、と思って調べてみると、イエスの12弟子の一人、トマスは、1世紀の間にインドで広範囲な伝道活動をしており、ブッダの教えに大きな影響を与え、大乗仏教の形成に大きな影響を与えたようなのです。さらにトマスは中国にもきていて、原始キリスト教を伝え、のちの景教に結びついたらしいのです。日本史によく登場する秦氏も原始キリスト教の信者だったようです。とすると、私達が歴史で学んだ、1594年のフランシコ・ザビエルのキリスト教伝来よりも、はるか以前に原始キリスト教が日本に入っていたことになります。それが2世紀というのです。西暦199年までに原始キリスト教が日本に入っていた?これは私には衝撃的でした。神道、神社が形成されたのが飛鳥時代とするとそれよりもはるか前に原始キリスト教が日本に入っていて、自然崇拝の日本の土着の信仰心と結びついて神道、神社信仰ができたと考えられるとのことです。だから、神道家系の私はキリスト教に呼ばれたのだ!と確信してしまいました。そんなバカなと思う方、是非、キリスト教の歴史を調べてください。イエスの12弟子の一人のトマスの通った道を調べてみてください。東方諸教会、ネトリウス派、原始キリスト教を調べてみてください。私の推察が嘘ではないことがわかることと思います。少なくとも私は私の先祖が原始キリスト教いえイエス様の教えを守ってきたものと確信するに至りました。

すいません。ホテルビジネスに関する投稿の合間に今後もこのような投稿をしていこうと思います。ご理解ください。

コロナ禍で疲弊したホテルの収益改善の運営コンサルを、この2年ほど、数軒行いました。

運営コンサルとは、いうものの、集客アクションの一部を担ったり、運営のヘルプなども行ってまいりました。

お陰様で、ほぼ全部の案件で、半年程度で急速に売上を立て直すことができ、経費の適正化も図れて、営業利益の黒字化・増大を図ることができました。