話は前後しますが、「堀辰雄の道」別名「フーガの小径」という名所があります。
『美しい村』執筆時、堀辰雄はこの小径を散歩中ふと耳にしたバッハのフーガを作品構成に取り入れようと思ったといいます。
かつて作者自身が歩いた道というと、ちょっとした聖地巡礼感を覚えます。
さて今回の旅のメイン目的「幸福の谷」を目指して林道を奥へ奥へと進みましたが、なかなか見当たりません。
有名なところなので、看板でも出ているのではないかと思ったのですが、そういうものはありませんでした。
そうしているうちに林道を抜け、車道に出てしまいました。しかしそこに手がかりとなる標識がありました。
この方向を見るに、今歩いてきた方向を指しているので、どうやら通過してきたようです。
仕方なく折り返しましたが、最後の最後までどこがそれにあたるのか、この時点ではわからずじまいでした。
帰宅後、再度Webサイトで調べたところ、別荘地が並ぶ苔生す石畳の道が「幸福の谷」と呼ばれているとのことでした。
撮った写真を見返して見ると、おそらくこうした小径が「幸福の谷」といえそうです。
Webサイトの説明を読むと、別荘を構えた外国人居住者が自国の雰囲気に似たこの辺りの光景を「幸福の谷」と呼んだようです。
堀辰雄もこの辺りにあった川端康成の別荘で『風立ちぬ』の最終章「死のかげの谷」を書いたといいます。
婚約者を喪った「私」は「幸福の谷」にいても、最初のうちは「死のかげの谷」としか思えない心境に置かれています。
やがて時の流れとともに、喪失感が和らいでいき、作品冒頭の「風立ちぬ、いざ生きめやも(さあ生きようか)」に変わっていきます。
歩きまわっていた時は、あちこちの斜面を見ては「これが幸福の谷なのかな」と思っていましたが、とんだ勘違いでした。






