低所得者と貧困層へ所得再分配を行う制度的枠組みの意味

 

 ここで、念のために言っておきますが、ケインズにとって、国民国家として第一義的に行う経済政策は、経済成長させるためものではありません。国民全員で生産したものを国民全員に平等に分配する仕組みを創るために行うものです。すなわち、それをもって、低所得者と貧困層へ所得再分配を行う制度的枠組みと呼びます。

 したがって、多くの人たちに経済成長するかどうかが経済政策の目的のように思われていますが、本来、経済政策の目的として所得再分配が無事に行われているのなら、あとは、景気回復経済成長は二の次の問題であって、景気回復経済成長によって、所得再分配を行う制度的枠組みが評価されるようなことは本末転倒であり、あってはならないことなのです。

 しかし、ケインズの生きた当時は、投資家や債権者という資本家によって都合のよい経済成長が経済学の主な課題だったので、ケインズは嫌々ながらも、経済成長の議論に加わらざるを得ませんでした

 ところが、結果として、資本家によって都合のよい経済成長政策というものは、経済成長をもたらさず、ケインズの求めた低所得者や貧困層へ所得再分配、失業者を救うための雇用政策が、むしろ経済成長させる唯一の方法だったというわけです。

 ただし、経済成長は防災や国防などの安全保障上の必要性において重要であり、無用というわけではありません。経済成長すれば、それだけ、国土はインフラが整備され、国民は幸福になり、国防のための武力もまた強化されす。

 しかし、投資家たちは、国家のインフラや安全保障のために経済成長させたいと思っているわけではないどころか経済成長そのものには関心がありません。

 つまり、自分たちの利益のために経済成長の議論を利用してただけですから、ケインズも彼らとの議論にはうんざりしながらも、やむを得ず、経済成長政策について議論し、一つ一つ論破していたのです。

 こうしたケインズの本音は「雇用、利子、および貨幣の一般理論」の最終章である第24章を読めば分かります。

 ケインズは、もし、まともに経済成長の議論をすれば、投資家や債権者が利益を上げることは無意味であるだけでなく、有害でさえあり、制度的枠組みによる低所得者や貧困層へ所得再分配、そして、失業者を救うための継続的な雇用政策以外に、国民の消費性向を上げる方法はなく、国民の消費性向を上げる以外に、経済成長させる方法はないと断言しています。

 ケインズは、国民の消費性向は、政府の創り出す制度的枠組み、あるいは、政府の財政政策または金融政策からもたらされる国民の心理から生まれると言っています。

 もちろん、貯蓄する余裕のない階層を低所得層と呼ぶならば、低所得層は、心理に関係なく、所得のうち税金に取られたもの以外は全額消費に使っていますから、心理に関する分析は、中間層以上に限られます。

 まず、低所得者の所得を増やし、税金などの負担を取り除かなければなりません。その上で、中間層に担税力を考慮した課税を行い、消費する心理を引き上げるようにしなければなりません。

 このとき、税制、社会保険料、医療制度、雇用制度などの制度的な枠組みの構築が最も重要です。

 政府が単年度ごとに行う財政政策または金融政策は短期で中止される可能性があり、そのことは国民も分かっていますから、消費性向に反映されるには、少なくとも数年間は継続されるという期待がなければなりません。

 そうした国民の心理は制度的枠組みという永久に続く制度、または、そのときの政権が、政権の方針として積極的な財政政策または金融政策を継続するという信頼感または信用を国民に与えていなければなりません。

 ケインズ経済学にとって、政府や制度への信頼に関する国民の心理は最も重要なテーマです。

 それまでの伝統的な古典派経済学または新古典派経済学においては、人間は必ず機械のように合理的に行動すると考えられていて、心理の変化は起こらないとされるか、もしくは、無視されていました。

 GDP統計では政府投資も企業投資も同列に扱われていますが、現代社会においては、政府投資は低所得者への所得再分配を可能とする政策であるのに対して、企業投資は儲かるところにしか投資せず、また、雇用についても、機械で代替することで安く上がるのなら、むしろ、そうしますから、低所得者への所得再分配という点において、政府投資と企業投資は性質の違いがあり、ほとんどの場合において逆の方向性を持ちます。

 だから、政府が直接、低所得者に対する雇用政策、減税、公共投資といった事業を行うべきであり、政府が大企業の行う事業に対して補助金を与える立場に終始するなどという態度は完全な間違いです。

 ケインズは、企業投資の雇用の判断からはずれた失業者について、「政府が公共投資によって、そのどうしようもない失業者にも仕事を与えよ」と言っています。

 ただし、同じように雇用するとしても、大企業と中小企業では少し事情が違います。

 大企業では効率化が進み、余計な人員を雇いませんが、中小企業では生産設備等の効率化が遅れていますから、生産に対して余計な人員を配置しています。

 しかし、この中小企業の非効率は、高い労働分配率となり、マクロ経済の二大テーマとしての「生産」と「分配」の内、「分配」の重要な担い手になります。

 どんなに利益が少なかろうと、どんなにつまらないものを作っていようと、それを買う人がいて、ギリギリでも成り立っているのであれば、間違いなく、「分配」の重要な担い手になっているのです。

 したがって、通常時はどんなにつまらない企業でも、景気の回復期にはその原動力として大きな役割を果たします。

 逆に、この中小企業を潰し、大企業を多く残そうとする政策を行うならば、分配の機能が損なわれ、景気は回復することが出来なくなってしまいます。

 なぜなら、ケインズ経済学では、景気回復は、低所得者や貧困層への所得再分配(緊縮派のいうところのいわゆるお金のバラマキ)によってのみ実現するからです。

 ゆえに、政府の行う経済成長政策においてむしろ大企業の大規模投資ではなく、地方の中小企業に仕事を与える雇用政策を目的とする財政政策でなければなりません。

 付言するならば、企業の投資を活発にしようとするなら、大企業の資金源は直接金融、中小企業の資金源は間接金融ですから、間接金融による中小企業金融を活発にさせた方が、富の一極集中が緩和されるだけでなく、完全雇用景気回復を容易に達成することが出来す。

 限界消費性向を高める政策とは、前出の「消費性向と限界消費性向」で説明しましたが、端的に言うと、低所得者や貧困層所得を増加させ、税や社会保険料の負担を減少させる政策です。すなわち、商品を買わせるために、一人一人の国民にお金を持たせようとする政策です。

 それによって国民は制度のもたらす生活の安定に安心し、自然に限界消費性向が高まります。

 所得再分配政策とは、通常、低所得者や貧困層に対して減税などで負担を軽減し、職に就けるようにし、補助金や給付金を出して、失業者や貧困層にも人間らしい生活を取り戻させるよう、政府が深く関与して行くことを指します。

 ゆえに、大きな政府論とも、社会主義とも呼ばれます。

 あたかも、やむを得ず行われる弱者救済であり、施しのように言われたりするのですが、しかし、ケインズは、この所得再分配政策こそが経済政策の主軸であり、所得再分配政策によって以外、経済を成長させる方法はないと断言しています。

 低所得者や貧困層の救済政策に比べて、大企業優遇は最悪の手段です。

 なぜなら、大企業の投資においては、利益の増大化のために徹底的な生産の効率化が行われ、低所得者や貧困層は切り捨てられるからですそのとき、生産の効率化によって、利益の増大化のために大部分の労働者は使い捨ての非正規労働になり、国民の大多数の消費性向は縮小します。

 大企業の投資の比重が高まれば、投資家、債権者などの高所得者の所得が増え、内部留保金が増大し、労働者などの低所得者の所得が減り、したがって、マクロ経済の水準における貯蓄に回る分が増加し、限界消費性向が減少し、景気は後退して行き、経済は縮小して行きます。

 

 

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