国際収支とは何か

 

 日本では、国際収支統計としては平成26年に見直しが行われ、従来の「経常収支+資本収支=外貨準備増」の関係式は使われなくなりました。

 新しい関係式は、「経常収支+資本移転等収支-金融収支=0」となります。

 経常収支の内容と解釈は、旧関係式でも新関係式でも、ほぼ同じです。

 関係における経常収支とは、貿易収支(貿易等)、サービス収支(観光等)、所得収支(海外からの配当や金利等)、経常移転収支(海外援助等)の4種類の取引を指していました。

 貿易収支は自動車や機械など消費性の高いモノやサービスの輸出額から同様のものの輸入額を差し引いたもの、サービス収支は外国の観光客に土産品やサービスを提供した売上代金から日本の観光客が海外旅行をしたときに使った費用を差し引いたもの、所得収支は日本人が海外から得た配当や金利から日本国内から外国人に支払った配当や金利を差し引いたもの、経常移転収支は海外から日本に援助や寄付をしてもらった金額から日本から海外へ援助や寄付をした金額を差し引いたものを言います。

 新関係式の経常収支では、貿易収支(貿易等)サービス収支(観光等)を統合して、貿易サービス収支と呼び、所得収支を第二次所得収支と呼び、経常移転収支の内、外国政府の固定資本形成に対する援助を除外したものを第三次所得収支と呼ぶようになりました。

 経常移転収支の内、外国政府の固定資本形成に対する援助については、資本移転等収支として独立した項目になります。

 したがって、旧経常収支=新経常収支+資本移転等収支になります

 旧関係式の資本収支と外貨準備増は統合され「金融収支」となり、「金融収支」=マイナス「資本収支-外貨準備増加」というように、符号を変えたものになります。

 資本収支という用語は使われなくなり、統計上も表現されなくなります。

 旧関係式における資本収支とは、日本人が海外の資産(株式、債券など)へ投資する資本取引を、日本からお金が海外に出て行く(国内のマネーストックの減少)という意味でマイナスの符号で表し、逆に外国人が日本の資産(株式、債券など)へ投資する資本取引を外国から日本にお金が入って来る(国内のマネーストックの増加)という意味でプラスの符号で表すといったお金の出入りをプラスかマイナスで表すものでした。

 ただし、日本人が海外の資産を買い入れるときは、まず、日本の投資家等が金融機関で円通貨を外貨と交換し、その外貨で外国の資産を買います。そのとき、金融機関が投資家等から引き受けた円通貨は、金融緩和が行われていなければ、政府部門の保有する外貨(外貨準備高)と交換してもらい、金融機関は減った外貨保有高を回復します。

 一連の資本収支の取引はこれで完了します。

 政府部門が金融機関に外貨を引き渡し、交換に金融機関から円通貨を回収することをもって、資本収支はマイナスに表示されます。

 外貨準備高の減少もしくは資本収支のマイナスは、日本の民間部門から円通貨が減少することを表します。(マネーストックとマネタリーベースが同額減少します。)

 逆に、資本収支黒字は民間部門の円通貨の増加を表します。

 バーターとして増えたり、減ったりする相手は政府部門の外貨準備高です。

 資本収支においては、相手側は誰でも良く、必ずしも海外である必要はありません。

 相手側が海外であるという想定は、例えば、資本収支赤字の場合、民間部門から政府部門に円が移動し、政府部門から民間部門に外貨が移動し、民間部門がその外貨で海外に投資するというストーリーによるものですが、国際収支上の表現としては、あくまで、「民間部門から政府部門に円が移動」し、「政府部門から民間部門に外貨が移動」するときにしか、「外貨準備の減少=民間の円(マネーストックまたはマネタリーベース)の減少=資本収支のマイナス」になりません。海外というプレイヤーが登場する必要はありません。

 新関係式では、「金融収支」=マイナス「資本収支-外貨準備増加」というように、中で起こっていることは同じですが、政府部門と民間部門の間の外貨と円通貨のやり取りを相殺してしまいますから、資本取引は表現されなくなっています。

 つまり、新関係式では、外貨または海外資産の保有者について、政府がどれくらい持ち、民間がどれくらい持っているかを表示しないということです。

 おそらく、これは、日本の資産を外国人に売るという意味の「外国からの投資を呼び込むことは良いことだ」というスローガンと、日本人が外国の資産を買うという意味の「海外に投資することは良いことだ」というスローガンの矛盾を隠すためでしょう。

 ただし、経常収支は新関係式でもしっかり表現されます。まさか、それさえも消してしまうわけには行きません。それが無くなれば、国際交易の概念も無くなります。

 旧関係式は便利でした。

 輸出で自動車を売って1億ドルの売り上げがあったとすると、

1億ドル=100億円として、

 経常収支は(+100)と表現され、国際収支関係式は、

 経常収支 (+100)+資本収支(-100)=外貨準備増(0)・・・・・・・・・・・・・・

になります。

 これは、1億ドルで売れたが、まだ1億ドルの状態で持っているので、アメリカが自動車を1億ドルで買ったことに対し、日本は100億円でその1億ドルを買って保有していることと同じことだとみなされるからです。

 次に、輸出企業は1億ドルを持っていても国内の支払いに使えませんから、金融機関に1億ドルを持ち込み100億円と交換してもらいます。

 まだドルが民間の中にあるときは、

 経常収支(+100)+資本収支(-100)=外貨準備増(0)・・・・・・・・・・・・・・・

は変わりません。

 左辺(経常収支と資本収支の側)は財市場と金融市場を合わせた民間部門を表し、右辺(外貨準備の側)は政府部門を表すので、政府部門が動かないからには国際収支に変化はないからです。

 しかし、マネーストックは100億円増えます。これは、信用創造において担保資産と引き換えに貨幣が産業部門に引き渡されることと同じ貨幣量の動きです。

 マネタリーベースは、信用創造と同様に変化しません。

 そして、金融機関が政府部門に1億ドルを引き受けてもらい、100億円を回復すると、

 経常収支(+100)+資本収支(0)=外貨準備(+100)・・・・・・・・・・・②となります。

 このとき、金融機関は輸出企業に100億円を渡し、政府部門から100億円を返してもらい、金融機関の円通貨保有量は回復します。

 しかし、政府部門は1億ドルを持つことになり、民間部門は輸出企業が手に入れた100億円分のマネタリーベースが増大しました。

 日本国内市場における外貨1億ドルが自由に使えないガラクタのようなものだとすれば、政府部門が輸出企業からガラクタを引受け、100億円を無償で譲渡したことになります。

 実際、外貨準備を持っていても使い道がないので、買わなくても良いようなアメリカの国債を買って、運用しています。

 結局、政府は貿易企業が持ち帰って来たドルを買わざるを得ず、それはマネタリーベースおよびマネーストックの供給になります。そうすると、国内はインフレへのバイアスがかかります。

 インフレになれば、輸出品の製造原価が上がり、輸出競争力が低下します。

 ところが、輸出の増加に伴うインフレの抑制策として、財政緊縮を行い、国内から税収や社会保険料によって、円通貨の回収をすれば、インフレは起こらず、輸出企業は、いつまでも、輸出の売上を伸ばし続けることが出来ます。

 今の日本で起こっていることはそういうことです。

 金融機関による外貨の引受はマネーストックの供給となり、次に、政府部門による金融機関からの外貨の引受はマネタリーベースの供給となります。だから、外貨が国内に持ち込まれると、マネーストックもマネタリーベースも増えるのです。

 政府が財政支出をするために国債を発行し、金融機関に引き受けさせると、一旦はマネタリーベースの回収となりますが、その資金で政府支出が行われると、マネタリーベースは元に戻り、マネーストックは財政支出した分だけ増加します。

 さらに、政府が発行した国債を、金融緩和によって日銀が回収するとマネタリーベースが増えます。

 そのことから、輸出企業の稼いで来た外貨は、政府の発行する国債と全く同じ役割を果たしていることが判ります。

 したがって、輸出会社が外貨を稼いで来ることは、インフレ抑制の条件の下では、内需拡大のための国債発行のチャンスを奪うのです。

 旧関係式ではそれが良く判りました。

 ところが、新関係式では、「金融収支=マイナス(資本収支-外貨準備増加)」となり、資本収支も、外貨準備増減も、表面に出てきませんから、国内の円通貨がいくら増えたか判りません。

 この統計方式の改悪は、国際収支に関するマネタリーベースの変化を、経済学に無知の者の目から隠すためのものと思われます。国会議員などはほとんどが経済学に無知の者です。

 ちなみに、もし、外国への投資が増えた場合は、日本の民間が外国の資産を買うと言うことですから、輸入と同様に、資本収支が赤字となり、外貨準備は減少します。

 ただし、金融機関が、金融緩和の状況の中で円キャリートレードなどを行っている場合は、必ずしも政府部門に外貨の買い入れを希望せず、その場合、外貨準備高は変化しません。

 資本収支と外貨準備増減を無視しようというのが、この度の新関係式です。

 なぜ、そういう風にしたのか理由は良く分かりませんが、おそらく、これまでの国際収支の見方では、経常収支が黒字になったときは、外貨準備高が変化しない場合、資本収支が赤字になるというように、反対側で悪いことが起こっているかのようなイメージを持たれていたので、それを解消し、経常収支が黒字で、なおかつ、金融収支も黒字であるという良いイメージに転換しようとしたものと思われます。

 ちなみに、日本は世界で最も低金利となっているので、日本でお金を借りて、外貨を買い取れば、外貨を低金利で借りたことと同じになるので、外国への投資の為に(日本人や外国人が)日本でお金を借りようとします。

 これを円キャリートレードと言いますが、今、円キャリートレードが増えているので、外貨準備高は増えずに、資本収支の赤字が巨大になっています。

 しかし、外貨準備高が増えずに、資本収支の赤字が巨大になることは、「金融収支=マイナス(資本収支-外貨準備増加)」ですから、金融収支は黒字となります。経常収支も金融収支も黒字で、国際投資家の活躍に悪いイメージは全く無くなるというわけです。

 政府の説明では、IMF(国際通貨基金)の会計基準に合わせたそうですが、IMF自体が、日本の財務省の天下り先であり、何を考えているのか分からない悪名高い機関ですから、理由を推測するだけ無駄というものでしょう。

 ちなみに、IMFは財務官僚の天下り先になっているだけでなく、現役財務官僚が多く出向している機関でもあります。いうなれば、IMFと日本の財務省は一心同体と考えて良いでしよう。つまり、都合に合わせて、どちらが言ったとか言わないとかを使い分けているだけと考えて良いわけです。

 しかし、このことでおそらく、今後の日本人の海外投資は資本収支の赤字と悪い印象で表現されていたものが、金融収支の黒字というように良い印象で表現されることになるのは確実です。

 どのような書式や関係式であれ、実際に行われていることの表現にすぎないので、どちらの関係式を利用しても、マネーストックがどのように供給されるかの状況は手法を変えることなく簡単に説明出来ます。

 このブログで貿易問題を取り上げるのは、貿易によってマネーストックがどのように供給されているかを見るためです。

 国際交易における経常収支や資本収支の黒字は国内の円通貨を増加させ、国民生活に悪い結果をもたらします。

 すなわち、もともと、分配する生産物が乏しく、財政政策が意味を持たないような後進国ならいざ知らず、生産物が潤沢である先進国においては、経常収支や資本収支の黒字は、生産物の分配のために行われるべき財政政策を縮小させ、むしろ、国民を貧困化させます。

 ゆえに、先進国において国民が豊かになることを望むなら、輸出を増大させる政策には反対しなければなりません。

 国際収支によってマネーストックがどのように変化するかを見ることによって、なぜ、一部の勢力が輸出に力を入れ、内需拡大に反対するのかを理解することが出来ます。

 現在では所得収支海外からの配当や金利等)の黒字が大きくなっていますが、外国からの外貨収入を肯定的に見るという点では、輸出拡大主義と同じものです。

 なぜなら、商品を売ろうと、空気を売ろうと、配当であろうと、一部の者の所得になり、それは国内のマネーストックの増大となり、国内において、低所得者に所得再分配を行うための内需拡大政策を妨害しようとすることは同じだからです。

 従来の国際収支の考え方でも、「資本収支-外貨準備増」をひとくくりにして「資本収支」と表現、「経常収支+資本収支=0」と表す新しい関係式と同様の方法論を主張する勢力もありましたがれでは、マネタリーベースの動きが判りにくくなるとか、あるいは、経常収支の黒字は資本収支の赤字になるので、経常収支の黒字のイメージが必ずしも良いものではなくなるという意見がありました。

 新関係式は、このマネタリーベースの動きが判りにくくなると言われていた方の関係式に統一しようとするものです。

 それだけだと、経常収支の黒字のイメージが必ずしも良いものと思われないのではないかという(輸出企業にとって)欠点が残ります。

 ところが、あっと驚くような手を加えました。すなわち、資本収支の符号を変え、「金融収支=マイナス資本収支」としてしまったのです。

 それによって、「経常収支」と「金融収支」は、バーターの関係でなくなり、同時に増減するものとして認識されるようになったのです。

 ちなみに、外国政府の固定資本形成に対する援助を示す資本移転収支が切り分けられているのは、大体が現物援助であり、すなわち、援助による相手国の公共事業を日本企業が受注し、日本の経常収支黒字の一部になっていて、それを切り分けないと、国内企業だけで行った国際取引が計算出来ないからです。

 

 

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