①消費性向および限界消費性向

 

 ケインズが提起した概念に、所得の中から消費に使おうとする割合を示す「消費性向」があります。

 現在の経済学では、消費性向とは、所得から税金や社会保険料を差し引いた「可処分所得」から消費に使う割合であるというように説明されていますが、ケインズは、可処分所得ではなく、所得から消費に使う割合であると言っています。

 その場合、税金や社会保険料は貯蓄に含まれます。なぜなら、ケインズは、貯蓄は消費に使われなかった残りと定義しているからです。

 仮に、「消費性向」というものが、税金や社会保険料を支払った残りの「可処分所得」というものから支出する割合であるとすると、税金や社会保険料が高いほど消費性向および限界消費性向が高くなり、乗数効果が高まり、経済成長することになり、これは現実と矛盾します。また、消費性向を可処分所得から消費した割合とすれば、貯蓄を持たない低所得者の消費性向は1ということになってしまいます。

 だから、やはり、低所得者が消費に100%使いたいところを、強制的に所得の中から20%の税金や社会保険料を取られるので、消費性向が80%という、所得が低く、貯蓄が出来ないにも関わらず、かなり消費の抑制された水準が統計に現れていると考えた方が妥当と思われます。

 この場合の貯蓄性向20%は税金と社会保険料であり、預金というゆとりを表すものではありません。

 また、後ほど触れますが、ケインズの提唱した乗数効果は、限界消費性向(増加した所得から支出する割合)をcとした場合、増加するGDPは「Y=1/(1‐c)」となるとしていますが、もし、限界消費性向を増加した可処分所得から支出する割合であるとすると、増加する税金や社会保険料をtとすれば、増加するGDPは「Y=1/{1‐c(1‐t)}」としなければ辻褄が合いません。

 仮に、新古典派の中にはc(1‐t)そのものが限界消費性向であると言う人もいるかも知れませんが、それでは新古典派自身が定義した可処分所得から消費に回す割合限界消費性向cという意味に合わなくなります。

 ゆえに、限界消費性向は、可処分所得ではなく、所得に対応するものにならざるを得ません。

 ケインズは、消費性向は、次のような条件の変化による心理の変化に伴って変化して行くと言っています。

 (1)賃金単位の変化、(2)所得と純所得の差の変化、(3)純所得の計算に算入が認められない資本価値の予想外の変化、(4)時間割引率の変化、(5)財政政策の変化、(6)現在と将来の所得水準の関係についての期待変化などです。

 (1)賃金単位の変化とは一人当たりの名目賃金の変化を言います。要するに賃上げのことです。Eが賃金総額で、Wが賃金単位、Nが雇用量なら、E=NWになります。

 (2)純所得は所得から税金、社会保険料、減価償却費または債務の返済などを差し引いたものです。所得と純所得の差の変化は、税制や社会保障制度という制度的枠組みの変化を表します。

 (3)資本価値とは、土地や株式などその人が持っている資産の時価価格を言います。資産の時価価格の変化が消費に与える影響は資産効果とも呼ばれます。

 (4)時間割引率の変化とは、現在の財と将来の財との交換比率の変化です。つまり、状況かインフレかデフレかということです。ケインズは、消費性向と関係する要素は物価が主たるものであって、金利とは余り関係が無いと言っています。ただし、金利の変化が資産価値に影響し、資産効果が生まれるときは、それを通じて消費性向に影響を与える可能性があると言っています。

 (5)ケインズは消費性向に影響を与える財政政策に税制と政府支出を挙げています。富裕層にかかる所得税、キャピタルゲイン課税、相続税の強化が国家全体の消費性向を上げ、また、政府支出が公平な分配の手段として使われた場合においても、消費性向を上げると言っています。

 (6)将来の所得水準が上がる期待のことですが、これはあまり大した影響は無いとしています。

 (1)から(6)までのこれらの客観的要素や主観的要素が影響し合って消費性向が決まるとしています。

 消費性向は(1)から(3)までで判るように所得に影響されます。必要な生活財はどんな家庭でもほぼ一定ですから、高所得者が生活物資に支出する割合は、低所得者が生活物資に支出する割合より低くなります。

 このことから、高所得者の消費性向は低くなり、逆に、低所得者の消費性向は高くなります。

 また、ある状況での消費性向はかなり安定しているとしていますが、それは、(1)から(6)までの大した変化がない場合の話です。

 (1)から(6)までのいずれかが変われば、当然、消費性向も変わります。そこで、ケインズは消費性向が高くなるように政策を行うべきであると言っています。

 それは、もちろん、所得に対する消費性向であり、可処分所得に対する消費性向ではありません。そうすると、減税は消費性向を高めます。

 関数の一つが所与であり、一定であるという発想は新古典派に多く見られる傾向ですが、消費性向を一定のものとし、それを変化させるための議論がないことは、まったくケインズ的ではないということが出来ます。

 各所得階層の消費性向の大方の数値については、近年の日本で、(年収、消費性向)=(250万円、0.80)、(500万円、0.70)、(1000万円、0.61)、(2000万円、0.54)、(4000万円、0.47)、(8000万円、0.41)、(16000万円、0.36)、(32000万円、0.32)、という統計があるようですが、所得に対するものか、可処分所得に対するものかは不明です。

 可処分所得に対する消費とすると、消費性向が0.8ということは、年収250万円で税金と社会保険料を支払った後に、それでも、0.2は貯蓄が出来ているということになりますが、ちょっと信じられません。

 やはり、これは、税金と社会保険料で50万円を取られ、200万円しか使えず、貯蓄は0円だという状況を言っているものとした方が私たちの体験に合っています。

 ただし、債務の返済については、一人の個人について言えば、債務を起こしたときに、消費財を買っていて、所得を超えて消費をしていることになり、債務の返済のときは、その超えた分について、後から帳尻を合わせる意味の貯蓄をしていると考えられます。しかし、これは貯蓄性向0.2に相当するわけではありません。

 なぜなら、景気が安定していれば、個人Aが返済をしているときは他の個人Bが同じくらいの負債を起こして所得を超えた消費をしていますから、したがって、個人Aの債務の返済という貯蓄は、個人Bの負債を起こしての消費に補われ、差し引きでマクロ経済統計における限界消費性向の減少とならないからです。

 しかし、時の政府が、国内景気を悪化させようと画策し、景気が悪化し、デフレになっているときは、個人は思うようにローンが借りられずに、個人Bの所得を超えた購買量は個人Aの返済量より少なくなり、限界消費性向の減少となります。

 時の政府が、国内景気を悪化させようと画策したときに、景気の悪化は決定されるので、ローンを借りられないことによって、限界消費性向が下がったことを強調することはナンセンスなことです。なぜなら、これは、政府の操作の結果にすぎないからです。

 「限界消費性向」は、現在の所得から所得が1単位増えた場合、その増加分から消費に支出する割合を言います。経済学でいう「限界」は、marginalの訳語で、この単語には境界という意味もあります。経済学における「限界」とは「1単位増えた場合」という意味になります。

 経済的な諸制度に関する政策、つまり、税収や政府支出に関するが行われる場合は、消費性向および限界消費性向に変化を与えます。

 ケインズは、所得が増加する場合は、思わぬ所得が入ったことで、景気が良くなって物価が上がったりしているだろうから、驚いて消費を先送りするようなことが起こるかも知れないし、そのときは、限界消費性向はむしろ下がる可能性があるとも言っています。

 しかし、時間が経つにつれて、先送りした消費が実行されると、限界消費性向は一時的に通常水準より高くなり、それまで下がっていた分を補おうとします。そして、短期の内に、所得に見合った消費性向に落ち着くであろうと言っています。

 限界消費性向は投資や雇用にも影響を与えます。

 ケインズは、ここで、限界消費性向をc、乗数効果(投資乗数)をkとして、

c=1−(1/k)=(k−1)/k・・・・

と定義しています。これは、乗数効果から限界消費性向を定義したものです。

 ①から、

∴kc=−1

k(1

∴k=1/(1‐c)

 つまり、このとき、ケインズは、概念的な定義よりも、何らかの統計的成果から導き出される定義を意識したものと思われます。

 ここには、投資による最初の所得は1という形で出て来ています。

 kは乗数効果(投資乗数)で、投資による最初の所得を1とした場合、最終的に所得(GDP)がどれほど大きくなるかの倍率です。注目すべきは、税金などの要素は出て来ていないということです。

 これから、投資乗数kは、

k=1/(1−c)

となります。

(一般的に1<k、∴0<(1/k)<1、∴0<c<1)

 kがいわゆる乗数効果と呼ばれるものです。

 また、ケインズの活躍していた当時、1900年代前半、それぞれの所得段階の限界消費性向の統計は取れていなかったのですが、それぞれの段階における限界消費性向の表をまとめるのは困難なことではないと言っています。

 現在、各国で税務申告を通じて精緻な所得段階の消費性向の統計が取れるようになっています。そして、限界消費性向は、消費性向とほぼ同一の数値を取ることが観察されています。

 消費性向と限界消費性向がほぼ一致することから消費性向の統計は、限界消費性向の統計としても使えます。

 日本人の平均の限界消費性向は0.7と言われていますが、増税が進行している状況においては、可処分所得に対する消費性向という間違った考え方から、国民の限界消費性向は少し上らざるを得ず、0.8くらいになっているという意見もありますが、これはハッキリとした間違いです。

 低所得層に増税が行われれば、消費性向および限界消費性向は明確に下がるからです。

 そして、貧困層に増税が行われるということは、つまり、国民にお金を持たせない国民貧困化政策が行われているということであって、経済成長政策としても、限界消費性向を、0.7、さらに0.6へと下げ続け、乗数効果を下げ続けているということを理解していなければなりません。

 したがって、日本国民は貧困への道を真っ逆さまに転げ落ちているところです。

 国民貧困化政策を行うとデフレになり、輸出企業と国際投資家は、商品の原価が安くなり、国際競争力が強力になり、儲かります。

 今、日本は、輸出企業が数百兆円という莫大な内部留保金を積み上げ、経団連を含む国際投資家が空前の利益を上げています。

 そのとき、富裕層はどうかというと、デフレが進行しているときは、富裕層の流動性選好(貨幣を使わずに持っていようとする性向)が起こり、全体として消費性向より貯蓄性向が高まります。すると、富裕層においてもデフレの時の消費性向は下がります。

 高所得者一人の限界消費性向の変化は、低所得者や中間層一人の限界消費性向の変化より、増大した所得に限界消費性向をかけて得られる消費の総量の変化が大きくなり、より大規模に、国民総所得に対する限界消費性向の変化に影響を与えます。

 低所得層への増税を行うと、限界消費性向は下がり、デフレとなり、社会は貧困化します。

 日本においては、消費税が付加価値税として賃金を削り取り、もっとも性質の悪い低所得層への増税になっています。

 しかし、政府が決心をし、消費税を廃止し、その他、低所得層への課税や社会保険料の減額を行うと、成果はすぐに現れます。

 デフレの時でも、政府が税制、社会福祉政策、公共投資などに関わる積極的な財政政策を行った場合、それは、庶民の手元にお金が残り、お金が使えるようになるということですから、ほとんどそのまま限界消費性向が上昇し、財政政策の乗数効果が上がります。

 だから、確かに、誰かが宣伝しているように、デフレの時の限界消費性向は低いので、通常の財政支出では乗数効果はその分低いということは言えるのですがケインズ主義の行うべき財政政策は、税制の制度的枠組みを変える財政政策なのですから、ケインズ主義の主張を正しく守り、低所得層への減税を行うならばどんなに酷いデフレの時であっても、減税した分はほとんどそのまま限界消費性向が上がるのですから、当然ながら、その時の乗数効果は飛躍的に高くなります。

 

 

発信力強化の為、↓クリックお願い致します!


人気ブログランキング