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はなうらら

リアルタイムではありませんが家族のコト、日々のコト、私自身の心の整理として綴ります。

訪問介護初日。

初日とあって私も付き添った。


訪れたのは

20代後半だろうか。女性がやってきた。


引っ越し後の部屋は新しく目立った汚れもない。

が、お風呂場、特にトイレは父はよく汚していた。

私は毎日掃除していたが床や便器など、男性特有の汚れに加えて、父はこれでもか!の頻尿なのか、ひっきりなしにトイレを使用していたせいもあった。

そしてフローリング。

何故か父はタバコを吸うためのベランダも何も全て室内スリッパだった。

何度伝えてもわからない。

時にはベランダのスリッパを室内で履き歩いていた。こうなると、床は日に日に黒くなる。

特にベランダ周り、そしてトイレの床も黒くなる。


私は父の状況を説明した上で

この汚れやすいところについて伝えた。


訪問時間は長くない。

この父とコミュニケーションを取りながら

どこまでプロはできるのか。


父は最初は

「ありがとう!掃除?すまないね」と気遣いの言葉が出たが数分後から急に不穏になった。


「あなた誰?なぜここにいるんだ!

意味がわからない!さっさと帰ってくれないか!

掃除なんて必要ない!!」


私はまぁまぁと父をなだめた。

ヘルパーに害が及ばぬよう努めた。

私も必死だ。このまま訪問介護を利用できないとなれば、私の負担も増えるだけ。

何とか軌道に乗るようにフォローした。


次の回も不穏が続いた。いや、むしろ不穏が増した。

私はその不穏を断ち切るように間に立ったが

震えながらヘルパーに立ち向かうように言葉を放つ父に、昔の父が蘇る様で辛かった。その場にいるだけで私の心は弱った。


ヘルパーも大変だったと思う。

20代と思われるその女性もこんな昭和の親父一人暮らしの家に訪問するなんて地獄だ。

掃除を終え、時間になったヘルパーは父に話しかける事もなく「失礼します」とだけ言葉を残し、玄関を出ていった。


掃除済みとなったトイレを私は何気なくみた。

床の尿汚れがそのままだった。


私は悲しくなった。


不穏になる父を気遣い、ヘルパーにもうまく立ち振る舞ってもらうために動く。

たった30分程度の訪問介護の時間にどっと疲れる。

何の意味があるのだろうか。



ケアマネに父の不穏ぶりを説明し

訪問介護の利用を断った。


当の父は

その後すぐであっても

ヘルパーがこの家に来たことすら覚えていない。

「え?そんな人きた?」といった調子だ。

父の生活を確立させるために動くことは

私をどんどん疲弊させた。