はなうらら

はなうらら

リアルタイムではありませんが家族のコト、日々のコト、私自身の心の整理として綴ります。

院内で感染症が流行し、父の入院の受け入れがのびていた病院から言われて考えてしまったこと

 

 

 

医師からは、現在の父の状態を考えると、夜間の身体拘束は必要と説明を受けた。

そして、身体拘束そのものによるリスクだけでなく、入院生活によって認知症がさらに進行する可能性や、寝たきりになってしまうこと、誤嚥や誤嚥性肺炎など、さまざまなリスクについても話があった。

また、これから使用する薬によっては突然死のリスクが高まることもあるという。

 

さらに医師からは、もしもの場合の延命治療についても確認された。

認知症の周辺症状だけでなく、別の病気で呼吸が止まってしまった場合、どこまで治療を望むのか。

寝たきりになったことでエコノミークラス症候群や脳梗塞などを起こした場合、高齢であることから他院への救急搬送先が見つからない可能性もある。その際、この病院で心肺蘇生を行うのか。心肺蘇生では肋骨が折れるなど、大きな苦痛を伴う場合もあるという。

また、誤嚥性肺炎などによって飲み込む力が失われたとき、胃ろうを造設して栄養を補給するのか。

積極的な治療をどこまで望むのか――そんな重い問いを投げかけられた。

 

 

正直、私ひとりで受け止めて決断するには躊躇してしまう内容だった。

 

 

その後、医師は

「もちろん慎重に様子を見ながら薬の調整はしていきます。できる限り予防にも努めます」

とも話してくれた。

医師としては、最悪の可能性も含めてきちんと説明する責任があったのだと思う。

それでも、その現実をしっかり受け止めたうえで入院を決めなければならないことに、胸が重くなった。

眠れない父。
徘徊してしまう父。

今の状態では、身体拘束をしなければもっと危険な状況になることは頭では理解している。

それでも、身体を縛られた父の姿を思い浮かべると、きっと父はもっとつらくなってしまうのではないか。

そんな思いがどうしても消えなかった。

どこか申し訳ない気持ちにもなった。

 

 

 

身体拘束について。
そして延命治療について。

私は同意書にサインをして病院をあとにした。

ひとまず院内で発生している感染症が落ち着くまでは、入院の連絡は来ない。