ピザ雄の歯医者付き添いの後、外食して帰ろうということになりました。

私が「病み上がりだから消化の良いものを食べたいな」と言ったら、ああそうかうんそうだねとうなずいたピザ雄が選んだお店は『ニューミュンヘン』

そう。

あのソーセージと唐揚げとピザとパスタとビールに満ちた日本のサラリーマンの殿堂。

美味しいけど油っこくてサイコーにカロリーが高いご飯の殿堂です。

 

消化に良いものリクエストはどこに行った?

と思いつつ、まあいっか、と私はノンアルコールビールと豚肉団子。

ピザ雄は寸前でピザを思いとどまり、なぜかタコのスライス、生ビール中ジョッキ、そしてポテトとジャーマンソーセージの盛り合わせを注文しました。

もちろん私の肉団子の3/4はピザ雄のお腹におさまる予定でモリモリと食べ始めましたが、ふと隣のテーブルを見るとおじいさんが一人。

ちょこんと座って黙々とお食事をされていました。

ご夫婦で来られて奥さんはお手洗いかな?と思って向かいの椅子を見ると、おじいさんの外套や荷物が置かれており、おじいさんはおひとりさま。

テーブルに載っていたお食事内容は、巨大ボウルに入った山盛りの野菜サラダ、ポークステーキ、ライス、そしてビール中ジョッキ。

え?

一人で全部お召し上がりに?

と思って横目でチラチラみていると、お食事はどんどんおじいさんのお腹におさまっていき、私がタコを5枚ぐらい食べる間にまずステーキ完食。

ライスも結構な山盛りですが、ステーキと一緒にモリモリと召し上がり、完食。

うわーすごい。

とみていると、次は山盛りサラダをモリモリ。

うわーうわー。

全部ペロリと召し上がったわーとみていると、さらにライスのお皿を手に持ち、お箸でお皿にくっついたライスを全てきれいに食べつくし、次はサラダのドレッシング、葉っぱの一枚一枚も全て舐めるように完食。おしまいにステーキソースもすべてナイフとフォークを使って巧みに完食。

お皿たちは最初から何も載っていなかったかのようにきれいになりました。

そして食後もゆっくりと座って何やら指を折って数を勘定したり、じーっと他のテーブルを観察したり、食後の時間を楽しんでおられる様子。

ふと気づくとピザ雄もおじいさんをガン見していました。

そして

「90歳ぐらいかな…」

と呟いて

「アメージング…日本人は一体何歳まで元気に生きれば気が済むんだ…」

いやあんたそんな失礼な。

 

「僕には絶対に無理」

と言いながらおじいさんをじーっと見て、また言いました。

 

「レイコのお父さんを思い出すなあ。お父さんが今も生きてたら、きっとこんな風に一人で外出して一人でご飯とビールを楽しんで、食後もあれこれ考えながら一人の世界に浸って、街の人たちを観察して過ごしたんだろうなあ、って思う」

 

いや!

まさしくその通りだけど!

その、そんな風に私の父に思いを巡らせたり他の人を観察して感慨に耽るようになったピザ雄さんの回復ぶりにもわたしゃびっくりですよ!

 

私たちの食事が終わる頃、おじいさんが立ち上がり、お手洗いに向かいました。

立ち上がったおじいさんは腰が直角にまがってはいたけれど、足取りは強く、歩くスピードも速い速い。

スタスタとトイレに行ったぞ。

大丈夫かな。

無事に戻ってくるかな。

 

 

5分経ち、10分経ち…。

待てど暮らせど戻ってこないやん!

 

だんだん心配になってきたので

「私ちょっとトイレに行ってくる!」

とトイレに急ぎました。

するとトイレ前でちょうど中年の男性が紳士トイレのドアを開けて

「あっ!すみません!」

と慌ててドアを閉めるところに遭遇しました。

 

「あの、おじいさん、中で大丈夫そうでした?」

と聞くと、ちょっとほろ酔いの赤い顔をした男性は

「大丈夫そうでしたよ。僕、ここにいますから!」

と返事をしてくれました。

安心して私も用を足してからテーブルに戻ると、おじいさんが上着を着込んで帰り支度をしているところでした。

ピザ雄もめっちゃガン見してます。

全て身支度が終わり、フと顔をあげたおじいさん。ピザ雄と目がバチッと合い、

「コンバンワー」

とピザ雄が笑顔を向けると

「おおっ。どうもどうもこんばんは!」

と嬉しそうに敬礼してくれました。

そして

「じゃ、お先に!」

とニコニコ。

おじいさんのテーブルにお勘定書きが残されていたので慌てて追いかけると

「おおありがとう。いやービールがよう回ったわ!」

とおじいさんもほっぺが赤いほろ酔い顔。

お気をつけて

と言うと、

「ありがとうありがとう。じゃあお先に!」

とまた手を振ってトコトコと立ち去っていかれました。

 

ピザ雄と私もお勘定を済ませてエレベーターに乗り、

「あのおじいさん、大丈夫かな。どこに住んでるのかな。一人暮らしかな」

と色々と話し合いました。

ピザ雄は

「僕の推理では、彼は今から電車に載って一人暮らしの家に帰るんだと思う」

となぜかドヤ顔。

 

そうなのかな。

一人暮らしなのかな。

大丈夫かな。

無事に帰れるのかな。

 

暗くなった通りに出ると果たせるかな、件のおじいさんはまだお店の前の歩道に立って空を見上げていました。

 

何をしてるんだ。頼むからタクシーで帰ってくれ。

とピザ雄がつぶやきましたが、おじいさんはタクシー乗り場をスタスタと通り過ぎ、大きな通りの横断歩道をゆっくりと歩いて渡り人混みに紛れて行ってしまいました。

 

私のお父さんも、一人暮らしになってしまってから、よく一人でショッピングモールに出かけてモールの椅子に座って人観察を楽しみ、サンドイッチを食べてコーヒーを飲み、歯ブラシやおやつを買ってまた一人の家に帰っていったと聞いたことを思い出し、涙が出そうになりました。

母に先立たれて寂しそうだった父を思い出して悲しくなったけれど、おじいさんはビールを楽しんで食事を楽しんで、お買い物をしてご機嫌だった。

父もあんな風に、好きなお酒やご飯、人観察を楽しんでいたんだろうなと思うと、我が親ながらなんともいじらしく思えます。

名前も知らないおじいさんだけど、ゆるやかな良い人生を楽しんで長生きしてもらいたいです。

お父さんのことを思い出させてくれてありがとうございました。