通訳女性の日本語は、ネイティブではありませんがとてもお上手だったし、裁判所が雇う通訳なので法律用語もばっちり。そして彼女の手元のメモを見ると速記。

英語の速記、生まれて初めて見ました。

しかし、弁護士ヘザーも裁判長も、どちらの言ってることも全て完璧に理解ができているのに、耳元で同時通訳をされると頭の中がとっ散らかってどちらの言語にも集中できないという状態。

裁判長をチラッと見ると

「コイツ、英語が理解できてやがるな」

と思っている様子が見て取れました。

どうしよう。マジでマジでマジで、集中できなさすぎるし、答えを促されるとついつい英語が先に出てしまって、あっウッと絶句してしまう始末です。

ついに見かねた裁判長が

「ちょっと待ってください」

と割って入り、まず通訳に

「あなたは全てを逐一通訳せずに、弁護士と私の質問だけを彼女に通訳してください」

と言いました。

そして私には

「あなたは日本語の通訳だけに集中して、答えも全て日本語で答えてください」

と言いました。

 

うーわー。

それが簡単じゃないんですよYour Honor。と言いたかったけど、そこはもう、裁判長は裁判所では神様ですから、Yes your honorと答えるしかありません。

『がんばれ自分。

がんばって日本語に集中するんだ。』

もう本当に本当に必死のパッチです。

ほとんど右耳を手で塞ぐレベルで、左隣に立っている通訳さん全集中の呼吸ですよ。

 

人間、やってやれないことはないっていうけど本当です。

ほどなく、その状態に慣れてくると、ヘザーちゃんの言葉は完全無視することができるようになり、通訳の日本語に集中して、受け答えも全て日本語で行うことができました。

 

全肯定で多分20分ぐらいだったかしら。

質疑応答の内容は、すでにわかりきっている契約内容の再確認や、責任の所在がどこにあるか。

契約書にサインをしたのは本当に本人なのか。

それを証明する書類はあるのか。

契約期間は何年間で、被告のテナントたちはそのうち何ヶ月住んで何ヶ月支払い義務を放棄したのか。被告と契約した家賃はいくらだったのか。新しいテナントとの契約家賃はいくらなのか。契約途中破棄されたことでどのような損害を被ったのか。敷金は誰が持っているのか。等々。

証拠書類である契約書の原本やその他諸々の書類を弁護士が裁判長に手渡し、裁判長が確認した後は私に手渡され、それを見ながら解答をしたり、「それを見ずに記載されている電話番号を言ってください」と言われたり。本当にテストか面接みたいな感じでした。

 

裁判長はほぼずっと黙って私と弁護士のやりとりを聞いていて、一度だけ

『それは認められません』

と、不動産ブロカーフィーについて発言をしただけでした。

そして最後に私の方に向かって

「これで終わりです。Thank You」

と微笑んでくれました。

 

え?終わりですか?

で?私はこれからどうすれば?

 

とキョロキョロしていると、コートオフィサーに促されて証言台から下されました。

通訳の女性が

「ありがとうございました」

と言ってくれたので

「こちらこそ、ありがとうございました」

と言うと、彼女は私の背中に手を当てて

「あちらへ」

と促してくれました。

証言台に置かれた書類を手に持って移動し始めると、コートオフィサーが

「こちらに」

と弁護士の机を手で指し示してくれたので、私も弁護士の隣に立つんだな、と思ってそこに移動すると、通訳とコートオフィサーが慌てて

「違う違う。こっちこっち」

 

私はここで退廷しなければならなかったのに、バカ丸出しで弁護士席に立とうとしてしまったわけです。

「早く出て」

とさらに急かされ、ベンチ席に置いてあったコートと傘とバッグを掴んで逃げるように法廷を後にしました。

 

ヒェー疲れた、と廊下のベンチに座ると、隣のベンチに座っていた女性が話しかけてきました。

 

「裁判長、男性だった女性だった?」

 

「女性でしたよ」

 

「女性・・・・どうだった?良い人そうだった?」

 

「良い人でしたよ。ベリーナイスでした」

 

と言ったら

 

「そう・・・なら大丈夫かな・・・」

 

彼女が関わっているのが何のケースかは知る由もないし、果たして彼女が原告なのか被告なのかもわかりませんが、やっぱり裁判ともなるとみんな不安なのは一緒なんですね。

 

ほんの5分ほどでヘザーちゃんが部屋から出てきました。

スタスタと私に歩み寄り

「勝ちましたよ」

と一言。

そして被告からもらえる金額を伝えてくれました。

「これで私たちに支払ったリーガルフィーもカバーできるし、未払いの家賃も全てカバーできますね。よかったわ」

とニッコリ。

 

「やった!ありがとう!!」

と手を叩くと、ヘザーちゃん、なんとハグをしてくれました。

 

「もう二度とこんなことで裁判に巻き込まれることがないように祈ってるわ」

と言いながら背中をパタパタ。

ええー。

ヘザーちゃん、最初からずっと結構無愛想で早口で細かい説明もしてくれないし連絡は遅いし、不親切なイメージを持ってたけれど、すっごくすっごく良い人じゃん!

 

「本当にありがとうありがとう」

 

「オッケー。じゃあ後の手続きはまた詳しく連絡するから、はいどうぞもう帰っていいわよ。」

 

と、最後にはちょっと追い払われた感じでバイバイしました。

 

裁判所のくらーくてふるーくておっそーいエレベーターにのり、入ってきた入り口から外に出ると、外は土砂降り。

でも心は日本晴れ。

石の階段を降りながら

「やっっっっっったーーーーーーー!いえええええーい!!!」

と思わず声が出ました。

階段の下にいたホームレスのおばさんが、なんか知らんけどよかったね、と思ってくれたのか

「イエーイ!」

と一緒に言ってくれました。

 

前回のニューヨークで

『インクエストは延期され、11月30日になりました』

と言われた時のあの絶望。

そして、日本からメールで

「結局インクエストは本当に行われるんでしょうか」と問い合わせたら

「11月30日の午前10時にきてください。代理人は認められなせん」

と紋切り型の返事が来た時の、あの絶望。

ニューヨークに行くのはいいけれど、はるか日本からわざわざ出かけて万が一また延期とかになったらもうマジ死ぬ!と思っていたので、前日まで気が気じゃありませんでした。

よかった。

終わった。

無事に終わった。

本当に終わった・・・。

 

そうそう。

ヘザーちゃんが被告について言ってたこともびっくりでした。

 

「彼らは反対にあなたを訴えようとしてきたのよ」

 

「えっ!何が理由で???」

 

「さあ?理由は誰にもわからないわ。だって裁判所は彼らの訴えには耳を貸さず、一瞬で追い払ったんですもの」

 

えー!本当にー!やったー!!

おざまあおみろだわっっ!

最初から最後まで、本当に傲慢で身勝手で訳のわからない連中だった!

でも、彼らが支払いを拒否するってことはありえないかな?

 

「そうねえ。唯一彼らが支払いを免れる方法があるとしたら、破産宣告をすることだけれど、夫婦揃って破産宣告はちょっとリアリスティックじゃないわね。裁判所の命令に逆らえる人はいないのよ」

 

だそうです。

よかった。神様本当にありがとう。

クタクタに疲れたけれど、本当に嬉しくて解放された気分で胸がいっぱいです。

 

 

ちなみに、今回の法廷に着ていったお洋服は、

上が黒のタートルニット980円。

下はユニクロの緑色のニットスカート2980円。

靴はヒルズアヴェニューのブーツ19800円。

そして、前日の夜に『そうだ!勝負ピアスだ!』と思い立って買いに行った、ティファニーのハードウェアシリーズのボールピアス250ドル。

でした。

意味不明な価格設定と衣装設定ですが、ティファニーのピアスは頑張ったご褒美と記念に大切にします。

神様仏様ヘザーちゃん、ありがとうございました!

 

↑結構嬉しい。