チョビがヨレヨレになり、毎日のように近所の獣医さんに担ぎ込む日々が続き、ついには『胃ガンです』と宣告された日のことです。

ショックのあまり無言で帰宅した私とヒマポ。

我慢していた涙が堰を切ったように溢れ出し、不覚にもヒマポの前で泣き崩れてしまいました。

もともと人前で泣くのが大嫌いな私ですが、特にヒマポの前で泣くのは絶対にやめようと自分を戒めていたんです。なぜって、だってヒマポは泣いている人を慰めたことがないのかなになのかよくわかりませんが、本当に本当に泣いている人をどうやって慰めれば良いのかわからないらしく、ただただ泣いている人をぼーっと見ているだけの人。本当に悲しい時にそんな風にされたら、やるせなさも倍増です。クリニックでもググッと堪えていた涙なのに、ああしまった。つい泣いてしまった。ああ悔しい。

と思ったら、ヒマポが大急ぎで近寄ってきてギュウウウウウウウッと抱きしめてくれました。

 

ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい

 

泣きながら、内心びっくりして冷や汗ダラダラ。

この頃はもう彼氏とか恋人とかいう存在感ではなく、なんか知らんけどほぼ家族のような親戚のようなでもちょっとだけ彼氏のような曖昧な存在感になっていたヒマポが、知り合ってから初めてと言ってもいいほど、ただただ純粋に私をいたわる気持ちを込めて抱きしめてくれた瞬間でした。

でも、慣れない私はただひたすらヒイイイイイイイイイイイイイヒイイイイイイイイイイイイイイヒイイイイイイイイイイイイイイ。

しかもなんか知らんけどチョビまで一緒になってガバアッと飛びついてきて、私とヒマポの間に鼻面をつっこんでクンクンクカカカとやったものだから、私もヒマポもついブブッと吹き出してしまいました。

なによチョビ、元気じゃん。

この時ヒマポはすっかり諦めムードになり「最後の時まで面倒を見てあげよう」と言ってくれましたが、私はヘビのように執念深い女。

セカンドオピニオンも聞かずに諦めるものか。

 

と、動物のガン専門医にセカンドオピニオンを求めることにしました。

もちろんヒマポは猛反対。

彼の特徴の一つとして『困難なハードルは考えたりトライする前に速攻で諦める』があります。

この時も、チョビの命を諦めた方が彼にとっては楽なことだったのです。

そして、セカンドオピニオンを求めてたどり着いた獣医さんには「胃ガンではありません。でも検査したら脾臓に大きなデキモノがあるので、これはすぐに手術して取り除かないとダメっす」と言われ、それを知ったヒマポは「えええええええええええええええ・・・・・そんな・・・・・・」と、嬉しいけれど諦めた方が簡単だったのに、またそんなことに???と、めちゃ複雑な反応でした。

そしてチョビの手術が無事終了し、腫瘍の検査結果が「リンパ節ガン」として戻ってきた時です。

主治医に「このタイプのガンは抗がん剤と放射線がとてもよく効くガンです。お金はかかるけれどこれをすれば寛解期に入って穏やかな時間を延ばすこともできますよ」と言われました。

その説明を聞いた私とフンフンは、二人でカフェで深々とため息。

「金があればなあ。俺が出してやるんだけどなあ。俺、今金ないからなあ」

そう。

1ヶ月に2000ドルから2500ドルほどかかると言われたのです。

どんなに執念深い私でも、そんなお金は逆立ちしても出てきません。

ああ・・・もうこれはさすがに諦めるしかないのか・・・。

そういえば近所に住んでたエロ美容外科医が言ってたなあ。

「僕の犬はガンになったけど、放射線治療と抗がん剤で治ったんだ。ボクサーは寿命が短くて平均10歳だけど、彼はもうじき15歳になるんだよ」

それを聞いて、ひゃーお金持ちだとペットまで長生きできるんだなあ、と感心したものでした。

ごめんよチョビ。私、貧乏だからそれはしてあげられないよ。

命ってお金で買えるんだねえ、とため息交じりに言うと、フンフンもフーと黙ってため息をついていました。

 

そして、帰宅後電話をかけてきたヒマポ。

「どうだった?検査は?」

「リンパ節のガンだった。抗がん剤と放射線治療を勧められたけど、月2000ドルとかかかるらしくてそれは無理だから断ったよ」

2.5秒ほどの沈黙の後、ヒマポがぐわたーんと立ち上がって(電話だから見えないけど)言いました。

「僕が出す!」

 

 

 

えっ・・・・・・

 

 

「それは僕が出す!月2000ドル出せばガンが一時的に治るんでしょ?少しでも長生きできるんだよね?なら僕が出すから抗がん剤をしよう!」

 

 

えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

 

私に対しても誰に対しても、頑なにコミットメントを拒み続け、「僕は生涯絶対に誰の人生の面倒も見る気は無い!誰とも一緒に暮らさないし一生結婚もしない!!!」と、こっちは聞いてもいないのに何度も言い切っていたヒマポが・・・・・チョビのために月2000ドル・・・・・

胸ポッケから出てきた札束の100倍ぐらいびっくりして言葉も出ませんでした。

 

誰かのために自分のこれまでの思惑と違ったことをする、あるいは自分の人生の外に一歩踏み出すというのは、おそらく彼にとってとてつもなくハードルが高いことだったに違いありません。

今にして思えば、これが奇跡の始まりだったヒマポの一言。

これを境にヒマポは、倒れたチョビを抱き上げたり寝ずの番をするのは辛すぎてできないとういヘタレぶりは相変わらずだったものの、『フレッド(←フンフンね)と僕がそれぞれにできることを担当して、チョビができるだけ安らかな時間を過ごせるように』という最大限の努力をしてくれるようになったのです。

チョビのため。

それはひいては私のためだと彼自身が自覚していたかどうかは定かではありませんが、チョビという緩衝材のような存在が、彼にとっての私との距離を縮めることへの危機感や恐れを和らげてくれたのかもしれません。