ポール様のライブが終わり、30分ぐらいかけてゆっくりとホテルに戻りました。

ああ楽しかった。

耳の中がジーンと鳴った状態でホーっとベッドに腰掛けると、携帯がじゃかすかじゃんじゃんとなりました。

パッと手に取ると着信はヒマポ。そして彼からの着信が5回ぐらいあったことにこの時気づきました。

バカじゃないの?ライブ中なのに電話かけてきても取るわけないじゃん。

と思いながら「ハロー」と電話に出ると、ヒマポは開口一番「レイコ?何度も電話したのに何をしていたの?」

あっそうか。

今日のライブは当日券で取れたやつだから、ライブに行ってるって知らなかったのか。

「あー今日当日券が買えたからポール見てた」

「えっそうなの?よかったね。どうだった?」

もうサイコー。3時間半休みなしよ。すごいよポール様!

なんだかこういう普通の会話をヒマポと交わすのも久しぶりな気がしました。

そうか。楽しかったならよかったね。明日帰ってくるんだっけ?

と言われ

「違うよ!明日もライブだよ。それが終わったらもう一泊して、明後日帰るんだよ」

「えっそうだったっけ。そうか。じゃあ帰ってきたら連絡して」

 

なんだかなあ。

どうもヒマポの態度がおかしい。

でもこれってどう考えても、飽きて放置したおもちゃをよその子供に取られそうになったら急に惜しくなった子供と同じじゃないの?としか思えない。

でも、この時私は心に決めたことがあったので、うんわかった連絡するね、と約束をして電話を切りました。

 

それまでも考えてみると何度かこういうことがありました。

あまりにもひどいヒマポのいじめに耐えきれず、初めて彼に「もう無理だから会うのやめるね」と告げたのはイーストビレッジにあるカフェ・ピックミーアップという古いカフェでした。古くてボロいけれど雰囲気の良いイーストビレッジらしいカフェでしたが、この間通りかかったらスターバックスになっていてびっくり。

その時ヒマポが着ていたブルーのシャツがとても柔らかい生地でヒマポの青い目によく似合っていたので、私はそのシャツが大好きだったのですが、そんな大好きなシャツを着ている好きになった人にその日も待ち合わせの瞬間から訳も分からずひどくいじめられ、心底疲れ果てていました。

「会うのをやめるね」という私の言葉に

「オッケー」

と平気な顔をしたヒマポにまた心傷つけられましたが、これでいじめられずに済むとほっとした気持ちにもなりました。ところが、その翌日から毎日のようにヒマポから電話がかかり、なんとなくなし崩しに元に戻ってしまったのです。

その後も何度かそういうことがあり、ヒマポは理路整然と私に対する自分の過ちを説明し謝罪し続けたので、バカな私はヒマポがその度に心から反省しており、また私のことだけを好きなんだと思い込んでいましたがそれは全て大間違いだったわけです。

 

もうその手には乗らん。

だいたい何がしたいんだよお前。

という気持ちでした。

それに、そもそも私が甘すぎたと反省もしました。

何度も何度も、本当に何度も同じことを繰り返したのは彼だけではありません。私だって同じです。懲りるということを知らず、何度も同じ過ちを繰り返し、ヒマポに間違った安心感を与え続けた結果、セラピストのお世話にならなければならないほど追い詰められてしまったのですから、全くもって自業自得です。

ヒマポは間違いだらけの人間だったけれど、そんな彼に『この女は何をしても自分を許して受け入れる』という間違った安心感を与え続け増長させ、私へのリスペクトがかけらもない関係を作り上げてしまったことには私にも大きく責任があったのです。

もちろん、許され受け入れられることで誰もがそういう態度になるとは限りません。

愛には愛で、感謝には感謝で応えられる人も世には多くいるはずだし、皆がそうであればと思いますが、残念ながらこの時のヒマポは、心の病やその他諸々の事情もあったにせよ、その対極にある人間でした。

私に対するリスペクトが無いイコール私のことを全く恐れていない。

そんなヒマポと対等な人間関係が築けるはずがなかったのです。

 

出会った時は、素朴で優しげで物静かで、とてもシャイでちょっと気が弱そうな彼をとても素敵だと思ったし好ましく感じました。そして、それも彼の本質なのだと思える部分は、荒れ狂った日々の中でもしばしば感じられましたが、私の深く考えずにただただ受け入れ続ける態度が故に、彼の狂った心はさらにその度合いを深めていたのかもしれません。

書店で見つけた『消防士とデートする人のために』なんていう本を買いそうになったほど悩んだ時期もありました。消防士や警察官は、その職業柄心を病んでいる人が多く、デートするためには特別な知識が必要だという謳い文句を見て、ううーんそうなのか?悩んでいるのは私だけじゃないのか?と思って、ちょっと慰められたりもしたものでした。

でも、もうそんな風にいろんなことを考えて自分の態度を左右させるのはこれでおしまい。

私が私らしい人生を生きるために、彼の人生がどうなろうと彼の気持ちがどうなろうと、それは彼の人生の問題であって私の人生には関係ない。

そう思い決めていました。

そして、2度目のポール様ライブを思い切り楽しんだ私は、早速ヒマポに連絡をし、翌日会う約束を取り付けました。

 

<だから何を決心したんだって?どうせ大したことじゃ無いくせに早く言えよ! 待て次号!>