ヒマポが『どこに?誰と?何をしに?どうして?』と電話の向こうでびっくりしている様子が手に取るようにわかりました。

もともととても小心で気が弱くて肝っ玉が小さくて肝が座っていないタイプ(散々だねしかし)の割に、おそらく特に対私に関しては完全安パイと思い込んで安心しきっていたはずが、突然の思いがけない展開にびっくり仰天しているようでした。

「ボストンに行く」

「誰と?」

「・・・・」無言を貫いてみる。

「レイコ?」

ちっめんどくせえな「一人で行く」

「ええ?一人で?何をしに?何日間?どうして?」

本当にうるさいな。

「ポール・マッカートニー観に行く。3泊4日(だったと思う)」

「あーポール・マッカートニーははははは」

この最後の笑いにかなりイラッときました。

基本的にこの人は私に対する敬意がかけらもないんだわ。だから

『なーんだまたマッカートニーか。そりゃそうだ。マッカートニー以外の理由で、一人でどこかに行くガッツなんてこの女にあるわけないし、どうせ俺が浮気をしようがどんなにいじめようが、またメソメソしながらついてくるに決まってる』

というサウンド丸出しの「あーマッカートニーねはははは」になったんだと思いました。

続けて

「一緒に行って欲しい?」と聞かれ、0.01秒で返事をしました。

「行って欲しくない」

「え?僕は行かなくていいの?」

「行かなくていい」

「・・・はははじゃあ帰ってくるのは4日後なんだね。楽しんでおいで」

お前に言われなくても楽しむわ。

この時の私の気持ちは、少しだけ『失恋には新しい恋が一番の薬』ぽい気持ちでした。

ポール様に会えるというウキウキした気持ちが、それまで私を苦しめ続けた怒りと悲しみを少しだけ和らげ、ドキドキとワクワクが胸を温めてくれていたのです。

 

翌日、尻松執事にチョビを託した後、ウキウキとアムトラックに乗り込みました。

アムトラックで約3時間。アムトラックの荷物棚は異様に低い位置にあるので何度も頭をぶつけましたが、明日の夜にはポール様に会えると思うと気持ちはずっと上がったままでした。

 

ボストンに到着後、駅から徒歩3分という便利な立地にある新しいブティックホテルにチェックインしました。

チェックインの時、フロントの男性に

「一人ですか?」

と聞かれたので

「いや。ポール・マッカートニーと二人」

と返事をしたら

「オーイエー」

オーイエーてああた。と思っていたら

「僕も観にいくんだよ。楽しみだね!」

と親指を立ててウィンクしてくれました。

そうかそうか。若いのに趣味がいいじゃないか。

 

 

手渡されたカードキーを手に、どんな部屋かなと楽しみに部屋に向かいました。

が。

ドアを開けてびっくり仰天。

お昼間なのに、部屋の中が真っ暗。

煉瓦造りの壁はおしゃれだけど、真っ暗。そしてネズミの子供部屋かと思うぐらい狭い。超ウルトラ狭い。ありえないぐらい狭い。

そして、ブルーのライトがドヨヨヨーンとレンガの壁を照らし、ここで寝たら絶対に悪夢を見る!と思いました。

速攻でフロントに電話をかけ、

「ここで寝たら死ぬ!」

 

「え。気に入らなかった?」

 

「無理!絶対無理!」

 

「どの辺が無理?」

 

「暗いし狭いし青いし・・・」

 

「あー。じゃあ別の部屋を用意します。キーを取りに降りてきてください」

 

ポール様のライブがあるから満室かと思ったけれど、他にも空いている部屋があってよかった・・・。

早速フロントに降りていくと、さっきの男性がニコニコと待ってくれていました。そしてかちゃかちゃとキーボードを操作し、

「明るい部屋がいいんだよね?」

 

「それでできれば背中を丸めなくても眠れる程度の広さが欲しい・・・」

 

あはははと笑いながらキーボードを鳴らし、ほどなく新しいカードキーを手渡してくれました。

 

「内緒だけど、アップグレードしておいたよ。明日、楽しもうね!」

 

やっったー!ありがとう!!!

今度は良いお部屋かな。どんな部屋かな。

 

ドキドキしながら部屋のドアを開けると、ああよかった。

そんなに広くはないけれど、最初の部屋よりずっと広くて、そして明るいよ。窓からお日様の光が入ってくるよ。

外を歩く人間の姿が見えるよ。

青くないよ。

 

あーよかった。

さ。これから出かけてご飯食べよう。なにを食べようかな。公園もお散歩してみようか。いやその前に、ポール様のライブ会場までの道順を下見しておこう。

会場はフェンウェイパーク。

ホテルから徒歩20分ほどの距離です。

途中にレストランがあれば、入って食事を取ろうかな。

久しぶりに、本当に久しぶりに一人の私という人間に戻れたような気分で、本当に本当に嬉しかった。

こんなにニュートラルにひとときひとときを楽しめたのって、どれぐらいぶりだろう。

トラブルから物理的に距離を取ることの大切さを初めて知った瞬間でした。

 

ウキウキとバッグにお財布をつめて支度をしていると、手元の携帯が鳴りました。

 

 

<あーーポール様。会いたいのに、今年はニューヨークにもボストンにも来てくれないのかしら>