能天気なリースとの電話は、

『自分より悲惨なヤツがいた』

とお互いにちょっと不幸度が減ったところで終了。

「今度おスシを食べに行こう!」とゴキゲン(なはずないけど)な声で誘ってくれたので、じゃあそのうちにね。と返事をしました。

もちろん習い性と成るで、ヒマポがこれを知ったらどれだけ罵倒されるか・・・とビクビクしたけれど、よく考えたら「お前に何を言われにゃならんねん」ですよね。

 

その後、毎週二日セラピーに通い、初回の時にかなり端折って説明したヒマポとのそれまでの経緯を、できるだけ詳しく話しす日々が続きました。

誰かに話をしていると、あらためていかに酷い扱いを受け続けたかがよくわかり、G先生に話の途中で

「ていうか、ここまで酷いのに付き合ってる私の方がマジ病気かも、という気がしてきました」

と思わず苦笑いが出てしまうほどでした。

 

 

例えば、この時G先生に話をして、腹立ちのあまり手が震えたエピソードがあります。

ヒマポとブランチを食べに行こうということになり、ソーホーに出かけた時のことです。

 

その頃のヒマポはレストランやカフェを理由もなく異様に毛嫌いし、食事は必ず外。外ってあれですよ、道端ですよ。

酷い時なんかそこらへんのデリで買ってきた硬くて冷たくてまずい巻き寿司みたいなものをあてがわれ(しかも割り勘)、誰かの家の階段に座って食べさせられたり、歩道でサンドイッチを立ち食いさせられたり、およそデートとは呼べない酷いものばかりでした。

その日、あまりにも外で立ち食い続きだったことに嫌気がさし

「今日ぐらいはカフェかレストランで椅子に座って食べたいんだけど」

と訴えました。

するとたちまち不機嫌になったヒマポ。

目の前にあった適当なカフェに無言で入り、イライラとした態度でバーカウンターに座りました。

バーカウンターじゃなくてテーブルがいいのに・・・と思いましたが、これ以上言っても機嫌を悪くさせて嫌な気分になるばかりだということはわかっていましたので、仕方なく私もバースツールに腰掛けました。

愛想の良いバーテンが

「ブランチの前に飲み物はいかがですか?」

と聞いてくれたので、私はアイスティーを注文し、ヒマポはダイエットコークを注文しました。

バーテンにメニューを手渡されると、それを開きもせずにテーブルに置いたヒマポは、ドリンクが出てくるより先にジャケットをスツールにかけ、立ち上がりました。

そして、

「すぐ戻るから」

と短く言い残し、お店から出て行きました。

どこに行ったのかな?

と思いながらブランチメニューを吟味し、やっぱりクレープかパンケーキかなあ。

普通のオムレツも美味しそうかな。うーんうーん。

と迷いながらアイスティーをずずずと飲んでヒマポが戻ってくるのを待ちました。

ところが、アイスティーを飲み干しても、ヒマポのコークの氷が溶けてしまっても、ヒマポは戻ってきません。

バーテンがチラチラと私の方を気にしていましたが、声をかけるのをためらっている雰囲気でした。

20分、30分、40分、刻一刻と時間は過ぎ去り、私はバーカウンターで一人ぽつねんと待つしかできませんでしたが、ふと気がついたんです。

 

これは、ヒマポの仕返しだ。

自分が気が進まないカフェに入ることを強要され、意に沿わない行動を取らされたことに対する嫌味なんだ。

多分彼は一人で外でサンドイッチを食べているに違いない。

スツールにジャケットを置いていけば、私が一人でお店を出ていかないと思って、わざと置いていったんだ。

 

バーテンがそっと出してくれたお代わりのアイスティーを混ぜると、氷がカラカラと虚しい音を立て、切なくて悲しくてたまりませんでした。

はー・・・。

もう帰ろうかな。

ジャケットなんて置いていったけど、いいじゃんもうこんなの放っておけば。

そう思いながらも、いろんな気持ちがせめぎあって動くことができずにいました。

すると、小一時間ほど経った頃、ドアが開きヒマポが戻ってきました。

ガタガタと椅子に座りながら

「で?食べた?」

 

は?

食べた?って?

 

「何か食べたんでしょ。何分経ったと思ってるんだ?」

 

「た、食べるわけないじゃん。黙って何処かに行っちゃって、私一人で食べろっていうつもりで出て行くなら、そう言えば?大体何をしてたの、こんなに長い間」

 

「ああ、僕は外でサンドイッチを食べてきた。食べないならもう出ようか」

 

ここでブッチーン!

自分のアイスティーの代金だけカウンターに置き、無言でお店を出ました。

早足で通りを歩き、大通りまで出てタクシーを捕まえようと立っていると後ろからついてきたヒマポが私の腕を思い切り掴み

「何だその態度は?」

 

バッシーン!と手を振り払い、「よくこんなことが平気でできるね?恥ずかしくないの?」

と言うと、その返事がもう斜め上のそのまた斜め上を行っていた。

 

「あんな男(←パオロさんね)とデートしたなんて、恥ずかしくないのか!!」

 

もう、顔も見ず返事もしませんよもちろん。

怒りのあまり声も出ませんでした。

 

「レイコ!」

 

大きな声で呼び止められましたが、顔を見たらグーパンチしそうなぐらい腹が立っていたので

 

「人の名前を気安く呼ぶな!」

 

と言い捨てて止まったタクシーに乗り込み、後ろも見ずに行き先を告げて帰宅しました。

車に乗っている間中、悔しさと悲しさと怒りでずっと指が震えていたことを今でも覚えています。

何度思い出しても腹立たしく、涙が出そうになるぐらい悔しい思い出です。

 

 

 

 

この時の話を聞きながらG先生は、ずーっとハーとため息をついたり首を振ったり、思う限りの仕草と態度で私へのシンパシーを表現してくれましたが、おそらくそれと同時に、当時のヒマポのうつ病やその他色々な精神的問題の根の深さを改めて嘆いていたのかもしれません。

そしてセッションの最後に言われました。

「レイコ。彼の価値観に振り回されてはいけないよ。彼の自分勝手さは海よりも深く病んでいる。それは僕にも治せるかどうかわからないほどなんだ。彼の家庭環境や自分自身の弱さが複雑に絡み合ってああいう人格が形成されているのだから、彼自身にしか彼を変えることはできないかもしれないし、それすらも可能かどうかは誰にもわからないんだ。彼が誰か一人の女性に誠意を持ってコミットをするということがもし起こったとしたら、僕はそれをためらわず『奇跡』と呼ぶね」

 

 

<書きながら思い出したら、今風邪で弱ってるヒマポをフルボッコにしたくなってきた。もっとヒドいエピソードもあるのよ。それを聞いたG先生が、つるっ禿げの頭をグリグリ撫でながら俯いて、しばらく顔をあげなかったぐらい。    待   て    次    号!   >