毎日すっとぼけてるのか、あるいは本気なのか、そこらへんの境目がはなはだ曖昧で周囲の人間を翻弄し続けているリン父ですが、今日のリン父はなかなか可愛らしかった。

最近とみに右半身が不自由になり、右手を使っての食事がなかなか思うように進まないリン父のためにと『ポールちゃん』が用意してくれたローストビーフを前菜としてお皿に並べ、いつものように『ポールちゃん』が持参したワインで乾杯し、リン父のこのところの生きがいとなっている『ポールちゃん』とのディナーが始まりました。

小皿にとりわけたローストビーフを、リン父の左隣に座った『ポールちゃん』がフォークにさしてリン父に手渡してくれると、リン父は「おおお。ありがとう!」とニッコニコしながらローストビーフを美味しそうに頬張り、ワインをゴクリ。

それを何度も繰り返していると、ニコニコニコニコのリン父が急に不自由な右手をあげて『ポールちゃん』を指差し「えーと。あのー。ポールちゃんは、この私との会合をどう思ってるんかなあ」

「え。会合?」

「そう。この会合」

会合っていうけど、それはつまりお食事ってことよね?

「そうや!この食事の会合や!」

えーと。ポールが自分との食事をどう思っているのか?とお父さんが訊いてるよ。

とポールに言うと

「ワンダフル!ベリーハッピー!」

とリン父に言ってくれました。

「え?そう?べりーはっぴー?」

リン父が聞き返すと

「ハイ。ベリーハッピー」

とポールちゃん。

「そうか。ほんならよかった」

安心したのか、またヨレヨレながら食事を楽しむリン父でしたが、食事が終わり、食後のお薬もしっかりと飲んでからまたふと顔を上げ、私の方をパッと振り向きました。

「え?何?」と問い返すと

「しかしあれやなあ。ポールちゃんに、こういう仕込みをしてもらって、そのままでええんかなあ」

し、仕込み?

仕込みって?

「いや。だから」

ご飯のしたくとか?ワインを買ってきてくれるとか?

「まあそういうこと全部含めてや」

右半身が不自由になってきた上に、言葉もかなり出にくくなっているリン父は、頭の中にパッと浮かんでいる情景や自分の気持ち、情報を人に伝達するのがかなり困難なのですが、考える力や想像力などはおそらく若い頃とあまり変わっていないのだと思います。なので本人のストレスやフラストレーションは相当なものだと思うのですが、なんとかして伝えようとすると、こうして摩訶不思議な単語が口をついて出てしまうことが多いようです。

なのでこちらも想像力を駆使して、あれこれ聞き返して父の気持ちを汲む必要があります。

「はーつまり、ポールちゃんに色々とお世話になって、そのまま・・・」

「そう!そうや!そのまま甘えとってええんかいなあ、というこっちゃ!」

はははは。なんか可愛い。

ポールにそれを伝えると

「お父さんはこれまで周りの人の面倒を見続けてきたんでしょ。両親、奥さん、息子、娘、それから兄弟や親戚の人たちのことも。だからこれからは人のお世話になっていいんだよと言ってあげて」

と、これまたキリストのようなお言葉を。

リン父もポールちゃんも、どちらも癇癪持ちで時々手がつけられなくなるけれど、こうして仲良くニコニコと隣同士で座って幸せそうにしてくれているのを見ると、私もとても幸せな気持ちになります。

気がつけばリン父ってばもしかしたら米寿?だし(気がつかなかったからお祝いもしてないし!)、長生きしてくれてありがとう。ポールちゃんもリン父に優しくしてくれて本当にありがとう。