さて。

シニアディスカウントをもらって微妙な雰囲気のまま、ドライバーズシートの真後ろの窮屈なベンチシートに並んで座ると、続々と地元の人たちやホテルの従業員らしきアミーゴたちが乗り込んできました。

私たちと通路を隔てて反対側に座ったのは、ちょっと太めのおばさん(同い年ぐらいだったりして)。仕事を終えてモントークの自宅に帰るところなのか、食材を大量に買い込んでよいしょよいしょと乗り込んできました。

あとからわらわらと乗り込んできたアミーゴたちは、自動改札機にお札を入れたのにお釣りが出ないと大騒ぎしましたが、運転手のおじさん(サルという名前)は、「ああお釣りでないかも。壊れてるんだな多分」と平気な顔で言い放ち、そのまま運転スタート。なんという無頓着さ。

アミーゴたちも、サルに反論しても無駄と知っているのか、超微妙な表情のまま後部座席に行ってしまいました。

 

運転が始まってまもなく、私たちの横に座っていたおばさんとサルとの間で大声の会話がはじまりました。

トランプやトランプの弁護士の話題に始まり(二人はトランプ派でした)、ハリケーンの話や近所のメアリーの話(誰か知らんけど)、そこらへんのホテルの従業員の待遇が悪すぎる話(アミーゴたちに聞こえてもいいのか?)等々、町の噂話に花を咲かせていましたが、サルときたら運転に集中はほんの30%。

あとはおばさんとの会話が30%、右手の携帯に20%、左手の弁当に20%。

頻繁にセンターラインを割って、バスはふらふらと蛇行運転です。

対向車が来た時だけ、電光石火の素早さで携帯を手放し、弁当を膝において両手運転に戻りますが、他に車が見えなくなると、下に落とした携帯を拾おうとして車がふらふら。弁当を口に入れては車がヨレヨレ。

このバスで死ぬのだけは嫌だ、と思っていると、突然太っちょおばさんが

「それにしても、従業員たちが住んでるモーテルはドラッグの巣窟になっちゃって、住民たちにも迷惑なのよね」

ええ?それは本当?

「あーあのモーテル」

サルが弁当でモグモグしながら適当な相槌を打っています。

 

そのモーテルってまさかあの

↑メモリーモーテル?

 

泊まったら絶対にジェイソンに殺されそうな、あの

 

↑メモリーモーテル?

 

裏の駐車場でパリス・ヒルトンがボーイフレンドとイチャついてたら、突然後ろから串刺しにされてぶっ殺されそうな、あの

 

↑メモリーモーテル?

 

空き部屋だらけなのに「空き部屋なし」の看板しか出ていない、あの

 

↑メモリーモーテル?

 

モントークのメモリーモーテルが有名なのは、実はライブか何かでモントークにきていたミック・ジャガーがメモリーモーテルの名前を気に入り(気に入ったのは名前だけでモーテル自体は超嫌がって近寄りすらしなかったらしい)、そのタイトルの歌を作ったというのが理由です。

ミックが来た当時は多分普通のモーテルとしてバックパッカーなんかが泊まっていたんじゃないかと思いますが、今は隣町の『ガーニーズ』という高級リゾートの従業員たちが、超狭い部屋に3人ぐらいですし詰めになって寝泊まりする、簡易社員寮みたいになっているらしいです。

開いているドアからちらりと中をのぞいたら、二段ベッドが一台とソファベッドが一台。

本当に本当に狭い部屋の中にぎゅうぎゅうに家具が収まっていて、床にもベッドにもテーブルにも洋服が大量にひっかかっていて、男性が三人暮らししているんだろうけど、ちょっと目も当てられない様子でした。

あのモーテルがねえ。

でも、まあ想像できなくもないかもなあ。

そう思っていたら、ふとポール(マッカートニーじゃない方)が、ドライバーのサルおじさんに声をかけました。

「あのメモリーモーテルって、結局何なの?ホテルの従業員宿舎?」

するとサルが

「いや。何でもないよ。あそこは誰も住んでいない空家だ」

何も知らずテキトーなことを言ってるの丸出し。

だって人が住んでるの見たよ私たち。

「まあでも、メモリーモーテルは有名なんだよ。リンゴスターが曲を書いたから」

リ、リンゴ・スター!??

アミーゴたちも太っちょおばさんも、ポールも私も、ガッとサルに注目。

「マジで?リンゴスターが?」

思わず身を乗り出して確認すると

「そうだ。リンゴスターだ」

サルが自信満々に頷く。

違うだろう!絶対にそれは違うだろう!リンゴスターじゃないだろう絶対に!!!

ビートルズファンの私でも、時々その存在を忘れるリンゴスター。

いきなりモントークのモーテルの曲を書いて、それが後世に残ってるなんて、まあファンとしてはどうかと思う発言だとは思うけど、絶対ありえない。リンゴスターに限って、絶対ありえない。

 

「リンゴスター?本当に?ミック・ジャガーじゃなくて?」

ポールが言うと、

「ああ。ミック・ジャガーかもしれないかな」

弁当を食べながら平気のヘの字のサル。

バスを降りてから、ポールが

「そもそもなぜリンゴスターなんだ?この世の誰もリンゴスターのことなんか思い出しもしないのに、どうしてよりによってサルがリンゴスターの名前をだしたのか、気持ちがさっぱりわからない。一体全体何を考えているんだろう?リンゴスターのことを一瞬でも思い出したサルの気持ちがぜんぜんわからない」

 

そこまで言わんでも。

と思いつつ、私も99%同意でしたわ。

なぜ。リンゴスター・・・。