リン父が床に転がったまま一夜を明かし、住んでいる老人マンションの介護棟に一時入居してから三週間。そして、私が日本に来てから二週間が経ちました。
毎日慌ただしく、そして日々リン父がらみの小さな出来事は絶えませんが、ようやく今の状況に慣れて来たのか、リン父も当初のような癇癪を起こしたり、まさかもしかしてボケたか!?と思うような怪しい言動も減り、だんだんと元の様子に戻りつつあります。
でも、一応圧迫骨折をしているわけですから、基本は安静大事。
車椅子での移動生活です。
リン父は歳をとって随分と痩せて背も縮みましたが、それでも結構大柄なので、車椅子から体がはみ出るし、少しのスロープでも「ぬおおおおおおおおおおっ」と気合を入れて押さないとスムーズに動いてくれません。
今日も夕食前にお迎えに行き、一緒にディナーをいただいてからお部屋に送り届け、しばらく一緒にテレビを見ておしゃべりをしてから、父が元々住んでいる居室に戻りました。
今日一日、忙しかった。
慌ただしかったなあ。
明日は何をするんだったっけ?
なんて考えながらエレベーターホールに行くと、お風呂帰りの老婦人お二人とばったり。
私は全く面識がない方々でしたが、あちらはリン父事件を噂で聞いておられた様子で、
「じゃあおやすみー」
とお二人とも今にもお部屋に帰りそうになっていたというのに、私の姿を認めた瞬間、目がギラーン。
「あなたお父さん大丈夫?」
とがっしり捕まってしまいました。
うわー・・・長話になりませんように・・・
と思いつつ、はいおかげさまで元気です。またこちらに戻って来ますからどうぞよろしくお願いします。
と当たり障りのないお返事をして、エレベーターのボタンに手を伸ばすと
「あなた。アメリカでしょ。大変ねえ。アメリカの西海岸?西海岸からでしょ?」
と食い下がられました。
あああ・・・これはまずい・・・長くなるパターンかも・・・
「いえ。東海岸です」
「え東!東海岸!!遠いやないの!」
「はい〜〜遠いんです・・・」
「ニューヨークって聞いたわよ」ともう一人のご婦人。
「はいニューヨークです」
「えっニューヨーク!それはまた遠いわ!一番遠いわ!」
ちなみに関西弁独特の言い回しかもしれませんが、この「一番遠いわ」の「一番」は何も本当にナンバーワンとかベストと言いたいわけではなく、「めっちゃくちゃ遠いわ!」という意味を強調した「一番遠い」です。
「ええ・・・遠いです・・・」
「ニューヨーク!何時間かかるの?西海岸で一度飛行機降りるんでしょ?」
「いえ、降りません」
「えっ!そのまま?乗ったまま!!?えっ?何時間???」
「じゅ、13時間・・・くらい・・・かと・・・」
「13時間!!!そら遠いわ!」
「はい・・・」
「それでお父さん、これからどうされるの?」
「リハビリ入院したらまた戻って来ます」
「どこに戻るの?」
「え・・・ここに戻って来ます・・・」
「あらまー!ここに!」
「はい・・・」
「それであなたはどうするの?」
「わた、私は・・・・あの・・・アメリカに帰るんですけど・・・」
「えっ!帰るの!?」
ここでずっと黙っていたもう一人の老婦人の助け舟が
「そりゃそうよ。この人旦那さんがアメリカ人なのに、早く帰ってあげないと」
間違ってるよ間違ってる!助け舟間違ってる!!
「あー!アメリカ人の旦那さん!それで、お子さんもアメリカ人?」
「え。あのちょ・・・ちが・・・」
「何言ってるのよ、この人まだこの間結婚したばっかりで、お子さんなんかまだまだこれからよ」
どこからそんなでっち上げ話が!
「あーそうか!」
え・・・ちょ・・・・そこで納得してもらっても困るっていうか・・・
「それであなた、結局西海岸に住んでるのね?」
・・え・・・あ・・・
「何言ってるのよ。さっきニューヨークって言ったばっかりじゃないの!」
「ああ。ニューヨーク!それは遠いわ!ものすごく遠いわ!何時間ぐらいかかるの?」
エンドレス・・・・・
エンドレス・・・・・・・・・