職場でお世話になっている兄貴分のレジ係は、話しやすいこと、経験が豊かなことから、同僚たちの相談役です。でも、気の毒なことに社員苦情受付係も兼任。
苦情のナンバーワンは、当然ながらあの女子社員です。兄貴のストレスは高く、いつもこう聞かされていました。
「いいか、彼女には決して手を出すな。
彼女は、個人的な問題が山積みだ。
母親は、皮膚がんの手術で何度も入院している。彼女も、顔に皮膚がんがあり、手術を何度も受けている。親戚は、がんで入退院している。
シングルマザーで、母親の面倒を見ながら、自殺を何度も試み家出も何度もしているティーンの娘が二人もいる。
彼女の頭のことは、そのことでいっぱいで、なにがどうなっているのかわからなくなっている。
来年の9月になれば、A支店の改築工事は終了し、彼女はそこへ戻っていく。だから、それまでの辛抱だ」
この話は、彼だけでなく他の同僚たちもお経のように正確に暗唱していて、次にどのセリフが続くのか決まっています。つまり、彼女の悲惨な物語は、社員の間で台本化している。
台本は、必ずこう続きます。
彼女のことは嫌いだ。でも、個人的な問題が山積みになっていて、彼女は、支離滅裂になっている。実に気の毒だ。
その女子社員は、自分の不幸を職場に持ち込み、それを使って注目を集め、自分がしていることを正当化している。そう思う自分は、冷たい人間。そう、この後ろめたさが、彼女への批判をすっぽり包んでしまい、迷惑を受けている人たちは、自分を責める。この台本はこのような形で、みんなの心の中で、完結していました。