皆さま御機嫌いかがでしょうか、当ブログ管理者:加藤です。今回の投稿が当ブログにおいての初投稿となりますが、お題としては少々重めに感じる話題です。その重い話を、重い内容にならないように頑張りたいと思います。その重く感じられるお題は「死後我々は何処へ行くのか」です。
当ブログ名が「霊界門」ですので、タイトルからも判る通り、当ブログの内容は、基本的に「霊界とは?」という内容の投稿が多くなると思います。我々人間 (地上人) が死んだ後にどこに行くのかという話は、誰もが興味のある事だと思いますし、霊界という世界を理解する上で、知っておかなければならない事なので、第一回目の投稿で、カル〜ク触れておきたいと思います。一番解りやすい「言葉」で説明するならば、日本古来の神道の言葉が理解しやすいと思います。一般的には死んだ事を「他界」という言葉で伝えますよね。確かに「他界」という言葉も正しい認識なのですが、判り難い言い回しだと思います、特に霊界を理解するには、判り難い!しかし神道では「帰幽」という言葉を使います。この帰幽という言葉の意味するところは、人間の肉体が滅び、その肉体から「魂が」元いた処へ帰る事を表した言葉になります。ですので、魂が肉体から離れた時点で、残された肉体は「穢れ」だけが残った状態となるために神道で人間の死体は「忌むべきもの」となるのです。では、帰幽という言葉が、何故に霊界を理解するのに判り易い言葉なのかですが、霊界とはをザックリと (本当にザックリですが) いうと、神界と幽界に分かれている世界 (後々当ブログで詳しく解説します) です。そして地上人 (人間) の死後の魂は、幽界へと向かいます。
そこで、皆さまの一番知りたいところだと思いますが、人間 (地上人) が死んだ後に地獄へ行く事は、ア・リ・マ・セ・ン!っていうよりもア・ナ・タが行く幽界に地獄は存在しません、少々解り難い話になりますが、ア・ナ・タが地獄だと思うところへは行きません。ア・ナ・タが極楽だと思うところで、ア・ナ・タの新しい目的を持った生活が始まりまるのです。例えば、穏やかで暖かい木漏れ日の高原の中で、レジャー・シートを敷き、静かにお茶を飲みながら本をゆっくりと読む事が、アァ天国だ!と思う人にとって、夜な夜な大音量のスピーカーから騒がしい音楽が流れるクラブで、アルコールに酔いしれ大騒ぎする事は地獄だと感じる事でしょう。対して、夜な夜な大音量のスピーカーから騒がしい音楽が流れるクラブで、アルコールに酔いしれ大騒ぎをする事が、アァ天国だ!と思う人にとって、穏やかで暖かい木漏れ日の高原の中で、レジャー・シートを敷き、静かにお茶を飲みながら本をゆっくり読む事は地獄だと感じる事でしょう。そのように幽界では相入れない「想念」「思念」の魂が、同じ場所には存在する事はないのです。なのでア・ナ・タにとって幽界では地獄が存在しません。
今回の投稿は「死後我々は何処へ行くのか」という内容でした。答えは「幽界」で、「天国」でも「地獄」でもありません。次回の投稿からは、霊界の構造や幽界での目的、幽界の成立ちなどを語って行きますので、お楽しみに!
最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。