皆さま御機嫌いかがでしょうか、管理者:加藤です。今回のお話は「霊界の環境と生活」です。出来るだけ解り易く説明して行きたいと思いますネ。
 これまで、当ブログのテーマ「霊界講座」では、幽界や霊界がどのような世界かをみて来ました。そして、今回の投稿では、我々が死後に霊界に入り、どのような生活を送るのかをみていきたいと思います。
 先ず、過去の投稿の内容をザックリと振り返ります。幽界・霊界は、思念の世界である。故にコミュニケーションや場所の移動は自由自在かつ瞬時である。肉体が無いので、身体の痛み、不快感、病気などは無く、食事 (食欲) ・睡眠なども必要としない。完璧な世界!だということは、過去の投稿で理解していることと思います。しかし、この「完璧な世界」というところが、非常に厄介なのです。完璧な世界ということは、不完全な地上界 (現界) と違い、満足感で満ちているので、発展や発達もしないということなのです。ですので、霊界から現界へ、魂が何百、何千、何万と転生を繰り返し、魂は霊界に発展や発達のプロセスを報告することになるのです。少々語弊があると思いますが、判りやすい説明をすると、霊界は「海」だと考えてみてください。そして死後の魂は、海に降り落ちる「雨粒」だと考えると理解しやすいと思います。前回の「コラム」でも書きましたし、次回の「コラム」では、もう少し掘り下げた内容にする予定ですが、死後の我々は、霊格や波動が合わない魂だとしても、海の中の階層 (勤務部署) が違うだけで、同じ海 (霊界) と一ッになるのです。何処かの何処の宗派かは知らないですが、地方都市などで道の端に「人類皆兄弟」とか書いてある看板を見ることがありますし、そこそこの人口がいる街などでは、スピーカーから大きな音で「人類皆兄弟」と叫びながら車を走らせている、宗教団体があります。この人類皆兄弟という言葉「当たらずと雖も遠からず」と言えます。
 さて、霊界で魂だけの存在になった者は、霊界で何をしているのでしょうか?これも語弊のある例になりますが、判りやすくいうと「海」というコンピュータの「プログラム」が「霊」だと理解すると判りやすいですかネ?もっと判りにくくなってしましたか?マァ、何もしていない存在ではなく、与えられた業務は行わなければなりません。しかし、不平や不満などは全くなく、充実し、満足感のある時間を過ごすことにはなります。
 今回投稿のお題とは、関係ない話なのですが、先日友人から「お前なら知ってるんじゃないかと思うんだけどサァ、スピ系の奴らが、よく言ってる過去も現在も未来も、ずべてが「今」って、意味わかんねぇけど、お前わかる?スピ系の奴らは、わかって言ってるのかナァ?」と聞かれました。そうですよね制限の中で生きている人間では難しい問題です。霊界では肉体が無いことは理解していると思います。肉体が無いので、当然ですが眼球も脳もありません、でも見えてます。制限の無い、完璧な世界ですから、当然ミ・エ・テ・マ・ス!それと同じで、時間軸が一方通行の人間の制限が無ければ、過去も、現在も、未来も、すべてが「今」となります。今はデジタルの時代ですので、映画館も光ディスクを使用して上映するのでしょうが、フィルムを使用した時代は、皆さまも知っていると思います。フィルムの一コマ一コマで物語が進んで行く、あのフィルムです。そのフィルムを全部、机の上に伸ばして、物語の始まりから終わりまでの全体を見ていると考えてください。物語の過去も、現在も、未来も、見えましたよネ、制限が無ければ、過去も、現在も、未来も「今」なのです。
 人間は多くの制限の中で生きています。死から逃れることができないことも「制限」です。過去に戻れないことも「制限」です。未来を垣間見れないことも「制限」です。生まれてから死ぬまで、地球上の全ての動植物は制限の中で生きているのです。「海」というコンピュータの中で走る「魂」というプログラムの一部分が、肉体に埋め込まれた動植物にとって、自らプログラムを書き換えることは不可能なのです。

 最後まで読んでいただき、有難う御座いました。次回も宜敷く御願い致します。