2日間のレイキセミナーを終えて、休日の月曜日に雨あがりを待って梅の花見を兼ねて近くの寺院を散策してきました。
最近セミナー受講生から天の気ばかりに捉われていましたが、地に足のついたヒーラーとして「大地のエネルギーも大切だな」と気付きましたと話を聞きます。
大地のエネルギーを循環出来るようになって「冷え性」がよくなりましたとの報告もあります。
機会があれば歩くことは大事だと思います、満開に咲く梅の花の良い香りを嗅ぎながらゆっくり散策してみます、心地良い風を感じながら春本番を五感で感じてみました。
レイキは五感を開示すると同時に超感覚をも開いてくれる恩恵があります。
明日からのセミナーに備えて、大自然のエネルギーを充填して心身ともに癒されました。
そんな折、ふと、私の尊敬する山田無文師の悟りの境地を大自然を通して謳う「落花流水太茫茫」の文節を思い浮かべました。
その解脱は、目にいっぱいのほこりがそのまま桃の花だ、桜の花だ。
耳にいっぱいの泥がスミレの花だ、タンポポの花だ。
見るもの聞くもの、花でないものはない。
その落花が水に落ちて流れるがごとく、水もとどまらず、花もとどまらず、
大自然は自ずから流れて行く。
千峰万峰、こちらがとどまるところがなければ、
周囲の大自然もとどまるところがない。
山も流れ川も流れ、花も流れ水も流れ、すべては流れていくのである。
この世の中にとどまるものは一つもない。
その流れるままが浄土の姿である。
美の極点である。
何を見ても美しい。
というて美しいものにとらわれてもいかん。
原典・碧厳録 山田無文著「無文全集」第二巻より