1982(昭和57)年4月3日(土)
PM0:20 NHK 大阪発ユーモア列車
最終回だそうです。
と言っても私が見たのは、そう何度もないけれど、一応マコがゲストだったので見たって感じ。
ほとんど何もしなかったのでちょっと当てが外れた。
「鷗唄」は、白のラメラメのロングドレスで、ドライアイスの煙がたくさ~~ん立ち込めている中で歌ったのです。
マコはやっぱり耳を出したヘアスタイルがかわいくていいみたい。
PM7:00 12ch 演歌一本勝負
特別番組でたっぷりと2時間オール演歌の番組。
演歌の花道のように周りのセットがものすごく凝っていて素敵。
用事で出かけていたので、「鷗唄」が聞けなかったのが残念。
マロンイエローのドレスだったけど、ヘアスタイルは一部分の髪を後ろで一つにまとめてストレートに流した感じだった。
「哀しみ本線日本海」を久しぶりに耳にしたけど、やっぱりあの歌は名曲としか言いようがないし、忘れられない想い出の曲になると思う。
その後は待っていたけど何も歌わなくて残念。
少し他の歌手たちと一緒に話をするところがあったけど、マコはミーコ(牧村三枝子)ちゃんと
とっても仲がいいから、二人でまるでじゃれ合ってるみたいだった。
ミーコちゃんの方が3つくらい年上なはずなのに、「ミーコ」って呼んでるくらいだから相当仲がいいのね。
デビューの時からだからすごいと思う。なかなか友達の作りにくい世界なんだろうけどね。
マコもやっと本格的な演歌が似合う年頃になったのだと思うけど、私の考えとしては、演歌はもちろんだけど、マコらしさの欠けた歌は嫌。
別にド演歌でなくてもマコの合った曲調の物で、マコの澄んだ声がたっぷりと生かせる曲がいいなぁ。
4月からマコのマネージャーが変わったそうな。今度はどんな人なんだろう?
(1982年、22歳の私が書いた文章をほぼそのまま書き写しています)
前回から17冊目のノートになりました。
これが最後のノートで、全部書いては無いのです。なのでそろそろネタ切れ?
復帰後の事を書いたりして、まぁなんとかやっていこうと思います。
↓は、下野新聞の読者登壇に載っていたものです。
違う日の記事。
やはり栃木県、昌子ちゃんの事を書いてくださるとうれしくなります。