精神と肉体を鍛える。

新しい世界を創り出す方法。

エレガンスの虜、第2回。

 

今日は以前のブログ記事の続編です。


私が子供の頃、あまり体が強くなかったこと、

それを多くのことを学ぶことによって

「生き方・在り方」そのものを変えることによって、

心身爽快な健康体を手に入れたことについて書きました。

 


私がやってきたこと、

それは料理をすることによって、食事を変えたこと、
体調によって作る料理を換えることによって
体調を挽回させる食事を取り入れてきたこと、
更に体の不快を全て取り除きながら暮らすことで
体をいつも爽快に保つこと、

それはマッサージや入浴、アロマやハーブによる
健康維持になります。

更に、心の話では、脳を心を常に

アップデートさせる生き方・あり方を心がけています。

さて、心身爽快な体を手に入れた私は、

こんにち、あることについて考えます。

「私は、本当に「体が弱かった」

のだろうか。

自分でそう思い込んでいた

だけではないのか?
その思い込みそのものが

人生に作用していたのだとしたら?」

私は確かに、私の家族よりも高熱を出しやすい傾向はありました。

私の家族は「病気知らず」な人たちでして、

熱なんか出したことない、
学校や仕事など欠席したこともない、
それどころか、土日や日曜も元気に料理や趣味のこと、

あるいはDIYをしている・・・ような人たちでした。


それに較べると、私は多少疲れやすい、

高熱を出しやすいことはありましたが
これくらいのことで「体が弱い」とは言わないのではないでしょうか。

私は、長い間「私は体が弱かった」と考えていたのです。

 

結果、と申しますか、ひどいワーカホリックだったこともあり

心臓を悪くし、それを何年もかけて完治させたのです。

私は考えます。あなたも一緒に考えて下さると嬉しいです。

 

私たち人間は色々なことを考えます。

例えば、このようなことです:

「私はついていない」

「私は愛されていない」

「自分はどうせこんなもの」
「人生なんて変えられない」

「他人は信用できない」

「私は病気」

これらの思いを心の中にお持ちのかたも多いと思います。
私はそれらの思いに疑問を投げかけたいと思うのです。

果たしてこれらの「思い」

は本当だろうか、

真実だろうか?
あなたは愛されていないでしょうか。
人生は変えられないでしょうか。

 

宇宙を親に持つ私たちは

「どうせこんなもの」でしょうか。

人それぞれ、様々な問い・思いがおありかと思いますが
その思いはどこから来たのでしょうか。

親や教師や、社会の常識から

植えつけられた可能性はないでしょうか。
あるいは、それはあなたの、

私の、単なる「思い込み」の可能性はないのでしょうか。

 

あなたの目の前で展開する暮らしは、

信用できない人ばかりで、全く愛されておらず、

他人は一切信用できないでしょうか。

 

色々な思い込みとその思い込みを

手放さないことを「迷妄」というんですね。
多くの宗教で「心を清めること」を教えているのは
心が清まってゆくとこれらのことが

「迷妄」であるとわかってゆくからなのです。
今日は宗教の話ではなく、

思い込みについてお話しさせていただいています。

イエス・キリストは「奇跡のコース」の中で病いについて、こう語っています。

「世界は彼に何もしない。彼がそう考えていただけだ。
彼も世界に対して何もしない。
なぜなら、彼は世界を勘違いしていたから。
ここに、罪悪感と病、両方からの開放がある。」


「あなたが病と見、痛みと見、弱さと見、苦しみと見、

喪失と見たものは、あなた自身が地獄にいて

無力であることを認めろという誘惑に他ならない」


ここでひとつ、お断りをさせていただきますが
今日のこの話は、今現在ご病気のかたに

「あなたの心が悪い」などと言っているものではありません。

そうではなくて、私たち人間は本当は神様の子、
罪も穢れもなにもないのだ、と

お伝えさせていただいているだけですので
どうぞ、ご理解ください。他意はありません。

 

 


私たちは誤解をしていた。世界を誤解していた。
私たちが、新しい目で世界を見つめたら、新しい世界が出現する、
あなたが、新しいものの見方で世界を見つめたならば
これまでと違う世界が出現する、
それが、今、私たちが向かっているアセンションであり、
私たちの真実の姿ではないでしょうか。

 

もし、思い込みそのものを変更し、

新しいものの見方と新しいアイデアで世界を見つめたら
どのような人生が出現するのか、

について考えたことはないでしょうか。

 

フロイト・ユングと並んで「無意識」探索をし
ヴァイツゼッカーと照応する「病と人」の

探究者ゲオルク・クロデック医師について
「神の使者」(ゲイリー・R・レナード/河出書房新社)に現れた

アセンディド・マスターたちはこう言っています:

「グロデック博士は、患者の何人かに

あなたの病気の目的は何だと思いますか、などと聞いたりしたのよ。

どうして彼は苦しんでいる人に

腹立たしい質問をしたのかしら。
答えは簡単よ。

彼は患者の心を結果から、原因へとただちにシフトさせたの。

彼が患者に質問したのは、

自分が犠牲者だという考えを捨てさせ、

自分自身の病む、という決断、

もっと高いレベルで行われた決断に

目を向けさせるためだった。」

 

「この概念のシフトにたったひとつ必要なものは何か。

簡単だ。病気とは心のものであり、
体とはなんの関係もないという認識、これである。
この認識の「代償」は何か。

あなたが見ている世界全体が代償である。
何故ならこの世界は二度とふたたび、

心を支配するようには見えないだろうから。」

奇跡のコース。
 

 
 「医師とは何か。患者自身の心、それのみである。」奇跡のコース。

 


私は、人類はもはや、自分が自分の人生をどうしたいのか、

などと考えるレベルを超え、

各自が自力で「楽園」を創るために
全力で生きるときがやってきたのではないかと考えています。

 

さて、肉体を精神を、鍛えましょうか ! 

新しい世界のために !

 

これは私の考える、

新しい世界の創り方です。


これが、私がいつもお話させていただいている、

思考・行動を変えて、幸福を創る生き方、在り方です。

 

今日の話は「奇跡のコース」から引用をしましたが

私のこのブログから、

拾えるとことを拾っていただき

「思い込み」を換え、「行動」を変えることで

あなたに、大きな変化があるはずです。

 

心を癒し、人間関係を癒し、調和のあり方を持ち、

心を変えたときに、

病気さえ回復に向かわせることが出来る。


引き続き、私の考える幸福論

(などという立派なものではないかも知れませんが・・・汗)

をお届けしてゆきます。

 

 

 

 

 

続いては・・・