わたしたちは、
無力な状態で生まれ、
無力な状態で死に至るのです。
去年から体調不良が続き、今年は入院しました。
それは、
私自身は、まだまだ変わりなくいけると思っていた時期に、
ある意味立ち止まって考える機会を与えられたような感覚でした。
病室の天井をみながら、
「何のための人生なんだろう?」
「わたしは、どう生きていきたいんだろう?」
そんなことを自分に問いかけながら、
過ごしていました。
あっ、そうか。
自分の人生は何かや、人のせいじゃないんだ。
自己責任なんだ!
あたりまえのようなことなのに、ハッとしました。
ずっと、
私が頑張らないといけない!
私が稼がないといけない!
私が子供達をひとりで育てなければいけない!
って、自分に言い聞かせて、
自分を正当化してきました。
こんなに頑張っている自分は偉いんだ。と、
人と比較して安心したり、焦ったり、
悲しんできました。
自分にとって都合のいいものを選び、都合が悪いものに対して、文句を言って、
常に心が不安定な自分が怖れを感じていることをひた隠しにしていたのです。
そんな状態の私ですから、
人と繋がるとき、
他者を見るときは、やはり怖れをもって彼らを見てきました。
自分に優しくしてくれなくなったらどうしよう。
自分にとって良き人であってくれないと困る。
というように。
だから、
いつまでたっても、
心が孤独で寂しくてひとりぼっちなわけです。
でも、わたしたちの感情には
愛か怖れの、
2つしかありません。
怖れはあらゆる幻想の源であり、
愛は真実の源です。
愛とは、怖れの幻想から目覚める力
愛とは、怖れを手放す勇気
人生が、自己責任なら
身体が死を迎えるときにさからうことができないのなら、
私は今、
愛を生き抜くことを選択したい。
怖れからではなく、
自分がほんとうにしたいことに命を使っていきたいと思うのです。
優しく人と繋がっていきたい。
人を愛したいし、愛されたい。
正直に生きて、
肉体に終わりがくるときに、
あー、良かったと
心から感じて、
安心して、感謝して、
魂が宇宙に溶けていくことを
委ねたいと願うのです。
space rei
