わたしたちは、
ありのままの姿をそのまま表現することが
自然でいちばん楽でいられます。



けれども、わたしたちは自分のことを
「不完全な自分」と思い込み、
「完全になろう!もっと良くならなければ!」と、がんばってしまいます。



「わたしは不完全です」と言うのは謙虚さではなく、
「自分は神のようにもっと素晴らしくならないと!」という傲慢さであり、
どうやっても完全無欠になれない無力感、欠乏感から言っているのです。



自分が見聞きした事を「絶対見た!」と言い張り、
自分が感じた印象を「絶対間違いない!」と疑わず、
「あなたが間違っている」と思い知らせたくなり、
「あなたが変わってくれたら、私が苦しまなくていいのに」
などと、人を判断し、批判し、言動に出さないまでも、心に思い、自分が裁判官のようにふるまってしまいます。


エゴが、自分が不完全だから怖さを隠すように、自分が正しいと言い張って安心したいのだ。




でも、そんなことをして安心しない自分を、
自分が一番よく知っている。




静かにほんとうのありのままの自分を見つめ、
ただひとつの心(どう生きたいのか?)という思い
を思い出すことで、
ああ〜、その思いは完璧で平和で攻撃も防御もない世界だったんだなと再確認しながら、
ほんとうの思い、今の自分で大丈夫なんだと、
ゆっくり感覚におとしていく。


ただひとつの心(思い)だけが実在する。
ただひとつであるから、
その思いは完璧で平和で葛藤がなく、
どこまでもひろがっていく。


長い間忘れ続け、今この瞬間も忘れて、
何かを裁き批判している自分に気づいたら、
争いを拒否する筋肉を鍛えて、
ほんとう(自分はどう生きたかったか)の思いを思い出して穏やかさを取り戻したい💕