イブのSNSがクリスマス一色で…
チキンとかケーキばかりで、なんだか画一的でつまんないなぁ。。と。
*最後には変わるので、最後まで読んでね✨
母を連れて、筑後川温泉に行った後。
クリアなわたしには、母がなんか境界線を越えて入って来る感じが、なんだか調子狂ったので。
1人の時間を取ろうと
雑誌と手帳を持って24時間のjoifulに行った。
新年明けてからの、東京の手続きをいろいろ済ませていた。。
たまたま、メールで知人とやりとりをしている際に何かわずかな、違和感を感じた。
数ヶ月前から、自分がかなり変化したことに氣付いた。。
* * *
あの時と、今のわたしはかなり状態が違う。
たまたま見つけた山口小夜子さんの動画を見ていたら、偶然の産物で先程の答えを見つけた。
『何かをしてやろう…と思っている人は
囚われている人』
大きなとか 有名な相手とかに
何かを認めさせようとしてる
つまりそこで認めて貰えば
自分に価値があることに…なる?
… ではない氣がした
そういう点も結果的にはあるがなんか違う
真のアーティストは本質を見抜く
ちょっと前に感じた違和感に
山口小夜子の台詞はちょうど現れた。
囚われていなくて 本質であること
食も 服も 言葉も同じだと思った
小夜子さん曰く。
着こなすとか 着てやろうではなく
声がするんだという
服も人も同じでしょう。
と、画面の中の小夜子さんはおっしゃって
たしかに、洋服もその人も
ボタン一つ外しただけで、心地良さそうになっていた。
食材にも似てるところがある
食材をこうしてやろうとか
お客さんをこう思わせたいと思うと大体失敗する
素材がどうしたいか
教えてくれる
無駄に手を加えたり
自分を出し過ぎてはいけない
技術やなんかを出し過ぎた料理は
食べていて疲れる
素材を引き出す為のことでいい
周りとの調和で引き立てであったりもある
場や、お皿や、雰囲氣
お客さん、いろんな要素がある
相手が表現したいものに限りなく寄り添って
お皿もそう…
個性を出してくるものは、使いづらい。
個性があるのだけど、長く使いやすいものはある。
あ、違うな。。
個性とエゴは違うかな。
かといって自分がなくならないバランス
あ、そっか。
母親が温泉で、肌の色が違う人を
ジーっと凝視したのが、ちょっと嫌だったんだ…
その無言の暴力みたいなのが
嫌だと感じたんだ。
相手の方が氣付きませんように…と思った。
山口小夜子さん 亡くなってるのに
今もなお 生きてるなあ…✨
空海さんもそうだが
何かに対して情熱的に生きた人は
死んでもなお 語るのだなあ
そこにその人がかけた何かに
愛が宿っているから
山口小夜子さんはファッション
空海さんは仏教
永遠なのだろうなぁ、と。
こんなに語って 自分が自分である人
言葉が、亡くなった後も
独自に生きている人は珍しい
服を着ている本質の話とかは
何度でもまた聴きたくなる
これを観たことで
自分がやりたいことの本質が見えてきた…かも
おっと…
画像を探しに行ったら。
またまた面白いカメラマンを見つけたぞ…
もしかして…
山口小夜子さんの生き方はキラキラしていた✨
レスリーキーさんも、面白いなあ✨
明けて…翌朝のクリスマス
SNSが 各家庭 個性的な温かな演出に
様変わりしていて…
わたしの潜在意識の中の変化を、とても楽しんだ。
普通の人だって充分面白いんだ✨
お友達たちのほんわかした投稿を見ながら、温かい氣持ちになった。
その人らしい、わたしは色が好きだ🌈✨
わたしもそうありたい。