歴史上の1例として、第二次世界大戦勃発直前のミュンヘン会談があります。イギリス首相チェンバレンとフランス首相ダラディエが、イタリア首相ムッソリーニの仲介でナチスドイツのヒトラーと和平交渉をしました。戦後に調査がなされ、資料を研究した結果、ヒトラーは、英仏が譲歩してもいずれは英仏と開戦する方針だったことが明らかになりました。一方、第一次世界大戦で大規模な人的損害を受けた英仏は、ヒトラーにズテーテン地方を割譲しても戦争を避けたい意向でした。英仏は、ヒトラーにズテーテン地方を割譲して一時的に戦争を回避しましたが、ヒトラーはポーランドに侵攻して英仏も開戦し第二次世界大戦が勃発しました。ヒトラーは、ポーランドに侵攻しても英仏は開戦しないと踏んでいたようです。結局、英仏の平和のための譲歩は裏目に出て、ヒトラーの戦争準備のための時間を与えることになりました。一方、英仏の民衆は勝手なものでミュンヘン会談の結果戦争回避されるとチェンバレンを英雄扱いしましたが、ヒトラーがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発するとチェンバレンを無能な政治家と呼びました。もっとも、現在のチェンバレンに対する評価は、「普通の政治家にできるのはその程度だっただろう」というものです。
これは現在のアメリカ北朝鮮間の政治情勢に似ています。中露がアメリカの北朝鮮に対して軍事的オプションを採らないための抑止力となり、韓国は同民族の関係上アメリカが開戦することに消極的です。ただ、このまま時間が経過すればするほど、北朝鮮の技術力は向上してアメリカ及びその同盟国側の負うリスクも高くなります。そして、金正恩は、ある意味で、ヒトラーよりも予測可能性が低く危険性を有しています。最近、中国の習近平主席が韓国の文在寅大統領と会談し、朝鮮半島で戦争が起ることを許さないという点で意見の一致を見ました。これはアメリカの北朝鮮に対する軍事行動に釘を刺す形になりましたが、本来、同盟国であり自国防衛のための軍隊を韓国に駐留させているアメリカに対する政治姿勢としては異常な事態を引き起こすことになります。すなわち、このような合意は、北朝鮮の軍事行動の如何を問わず朝鮮半島での米軍の軍事行動を否定することになるので、アメリカと韓国との軍事同盟は事実上破綻していることになります。例えば、親友同士が並んで歩いているところに、暴漢(北朝鮮)が突然ナイフを振りかざして一方(アメリカ)に襲いかかったとします。これに対して、同人もナイフを抜いて応戦しようとしたら、他方(韓国)が「危ない!やめろ!」と言って同人(アメリカ)を制止したところ、同人(アメリカ)が暴漢(北朝鮮)に刺されて重傷を負ってしまったというような事態を想定できます。果たして親友(韓国)の行為は、誰の利益のための行為だったのでしょうか?
ちなみに、1962年のキューバ危機について考えてみます。その際にアメリカのケネディ政権もソ連のフルシチョフ政権も交渉により核戦争による世界の破滅の危機を回避し得るほど十分に理性的でした。しかし、政治的軍事的経験の浅いアメリカのトランプ大統領に核戦争の回避に至る危機管理が可能か疑問ですし、金正恩に戦争回避への理性的な交渉が可能かもはなはだ疑問です。
冷戦時代には、核の均衡が核戦争を回避するための理論でした。すなわち、アメリカとソ連の核戦力の均衡が核戦争を回避せしめ、核戦力の均衡が破れた時に核戦争が勃発するというシナリオから両国とも核戦力の増強を図り、不安定な均衡の上に平和が保たれていました。当時、ファーストストライク理論という理論があり、ファーストストライク(First Strike:最初の一撃)で相手の核反撃能力を完全に奪うことができれば、核戦争の開戦は可能だというものでした。しかし、当時、実際には第一撃で相手の核反撃能力を完全に喪失させることは不可能であり現実には核戦争は不可能というのが通説でした。すなわち、米ソのいずれかが核ミサイルを発射すれば、一方のレーダーが即時に相手方のミサイルを補足し全面的な核ミサイルによる報復反撃に出たことでしょう。
ところが、現在のアメリカと北朝鮮との間に核戦力の均衡はなく、アメリカの方が圧倒的に核戦力で優位にあり、アメリカは、ファーストストライク(第一撃)で北朝鮮の核反撃能力を完全に喪失させることが可能ですから、冷戦時代の核戦力の均衡による核戦争の回避というシナリオは期待できません。すると、選択肢としてのシナリオが2つあり、アメリカが北朝鮮のファーストストライク(第一撃)を待って米日韓に甚大な被害が出てから反撃するか、北朝鮮がファーストストライク(第一撃)に出る前にアメリカが先制のファーストストライク(第一撃)により北朝鮮の核反撃能力を完全に喪失させると同時に国境付近に展開している北朝鮮軍の主力は壊滅させ、北朝鮮のファーストストライク(第一撃)及び北朝鮮軍の越境を阻止するかのいずれかです。勿論、交渉による和平が実現すればそれに越したことはありませんが、現状はその困難性を示唆しています。