走る!宇治の診断士 -23ページ目

走る!宇治の診断士

★ 
宇治に住んでる中小企業診断士です。
2013年5月にサラリーマンをやめて、独立開業への日々を綴ります。

このウルトラマラソンに参加するにあたって、服装やシューズ、持ち物をどうするかというのは気になるところだった。何度も出場されている方のサイトやブログを参考に考えた。シューズについては最後の最後まで悩んだ。一般的にはLSD用の厚底のクッション性の高いシューズを選択するのが定石のようなのだが、自分の持っているLSD用のシューズは重くていつもこれを履くと足が疲れるのだ。で、自分の結論としては、こうなった。


持ち物:

ベルトポーチ、

カーボショッツ(10キロで1本消費のペースがいいらしい、が、そこまでいらない感じだ)、

ばんそうこう、

半面が粘着シートにになっているガーゼ(胸に貼る)、

ティッシュ、

携帯音楽プレーヤー、

Garmin 405(電池の寿命が短いので、後半はGarmin205に持ち替える)、

小銭、

ワセリン(これは着替え用の袋に入れておいた)、

デジカメ(NAHAマラソンにも持って行ったのだが、後半は写真どころじゃなくなる)


スタート時

服装:ロングTシャツの上に半袖Tシャツ、さらに薄手のウインドブレーカー(途中で脱ぎ捨てするつもりだった)、ロングタイツに短パン、ランニングソックス(フルマラソン時はいつも履いている底に滑り止めのついたやつ)、ランニング用の手袋(富士五湖のあたりの朝は気温が低い)

シューズ:アシックスのゲルフェザー(いつも練習用に使っている軽いシューズ)


着替え後

服装:ロングTシャツの上に半袖Tシャツ、ロングコンプレッションタイツ(数年前までユニクロで売っていたもの)に短パン、ランニングソックス

シューズ:アシックスのニューヨーク(LSD練習用に履いているやつ)


51.6キロ地点と69.8キロ地点に荷物を置くことができるのだが、69.8キロ地点に着替えを置くことに決めた。後から思えば、51.6キロ地点にすべきだったと反省している。もう少し早い段階で着替え、シューズの履き替えをしておきたかったというのがその理由だ。それは、ゲルフェザーがいくらクッション性が高いと言っても、ニューヨークのようなLSDをターゲットとしないシューズが与える足・ひざに対するインパクトは相当なものだったと思う。もちろん、上級者の人だとターサーを履く人もいるらしのだが。やはり基本は厚手のソールを持つ、クッション性の高いLSD用のシューズなのだと、今から思えばそうなる。

カメラを持っていったので、写真を結構たくさん撮った。後から見返して見ると、ほとんどが富士山の写真だった。途中、富士山が綺麗に見える場所があって、コースから一人はずれて湖岸で写真を撮りまくっていたら、ふと痛い視線。観光客たちがゼッケンをつけたままで写真を撮っている男を怪訝な顔をしながら見つめていたのだった。



そして、翌日。

歩けない。特に右足が痛い。

もともと、今日は休暇をとるつもりだった。でも、仕事が忙しくて休みを取りにくい状況であったので、昼から出社する予定としていた。ところが夕方から相当な時間を歩く移動がある予定もあり、その距離を歩くのは確実に無理なので、結局は休みにさせてもらった。最初から休みにしておけば、レース当日はもう少し時間に余裕をもって走れたように思う。ウルトラマラソンは、時間がかかるレースである。もちろん早く走れるにこしたことはないのだが、僕くらいの足では、いかにゆっくりと時間を無駄にしながら延々と走れるか、というのがテーマになるように思う。時間がない中ではこういったレースには参加すべきではない、のかも知れない。


さらに、翌々日。

足はまだまだ痛い。こんなひどい経験は過去になく、朝早くから診察している赤羽駅前のクリニックで受診。

たぶん、この調子だと、さらにその翌日も同じような状況なのだろうなあ。


結論としてのウルトラマラソン初出場の反省点:
・当初の予定通り、6分/キロを基準として負荷は最低限の走るべきだった
・時間に余裕のある行動計画にするべきだった(やはり、走った後の宿は近くにとって、翌日は休暇とする)
・そして、やはりきっちりとした長距離の練習またはLSDが必要だった


独立宣言 ~ 少し走る診断士


記念品でもらった、バスタオル、ウインドブレーカー、アーリーエントリーのTシャツ、スーパーヴァーム。

やはり完走者のみがもらえるメダルも欲しかった。


初めてウルトラマラソンに参加した長い1日の記録である。


フルマラソンには過去4度出場していて、ベストタイムは3時間33分。

一度だけでも参加してみたいと思っていたウルトラマラソンで、出場された方のブログを見ていると、本当に綺麗なところを走るので、ぜひこの富士五湖に参加してみようと思っていた。最初なので、72キロから参加してみるという手もあったのだが、やはりウルトラマラソンは100キロだと思い、その100キロを選択したのだ。


朝2:30にセットした携帯電話のアラームで目覚める。

昨夜、閉店間際の富士吉田駅ビルの地下にあるスーパーで購入していた弁当とバナナを食べる。


4:30にホテル近くに迎えに来る送迎バスの乗り場へ移動。

バスを待つランナーたちが行列を作っている。おはようございまーす、見知らぬ人たちに挨拶される。


バスで移動して、富士北麓公園陸上競技場に。さっそく、受付をする。アーリーエントリーの対象だったので、特製Tシャツももらう。ゼッケンNOが印刷されたものだ。時間があれば、昨日中に受付をすませておきたかったのだが、このところ仕事がやたら忙しくて、昨日もバスで移動する直前まで仕事をしていた。


ゼッケンを着てきたシャツと、着替え用のシャツの両方につける。


本やネットを見ても、情報量がマラソンと比較しても少ない、このウルトラマラソンに参加するにあたって、服装やシューズ、持ち物をどうするかというのは気になるところだった。ただ、何度も出場されている方のサイトやブログが役に立った。


荷物を預けて、スタート地点に向かう。陸上競技場に着いてからまだずっと暗くてあたりの風景を目にしていなかったのだが、スタート地点から富士山が間近に見えることにようやく気づいた。間近で見る富士山には圧倒的な存在感がある。この富士五湖を走っている間中、ずっと富士山に見られているような気がしていた。モナリザをどこから見ていても、ずっとこちらを見つめられているような、そんな感覚に似ているだろうか?気がつくと、星空が綺麗だった。さすがに周りには明かりもないので、星をたくさん見ることができる。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


スターターとして現れたのは、猫ひろし。東京マラソンで今年サブスリーを達成した人だ。

準備体操の代わりに、ニャーとかラッセーラーとか、みんなで猫ひろしのギャグをやった。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


5時にスタート。

気温はちょうど零度。足の先まで冷える寒さだった。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


独立宣言 ~ 少し走る診断士

走る道は広くて走りやすいところから、車の往来の多い道で狭い歩道を走らなくてはならないところまでいろいろだ。特に、72キロランナーと28キロ地点から合流するのだが、いきなりランナーの密度が高まって非常に走りにくくなる。特に狭い歩道を走らなくてはならないタイミングなので、余計にそう思う。毎年のようにコースやエイドの場所など試行錯誤されているようなので、今後主催者には見直しを期待したいところだ。


独立宣言 ~ 少し走る診断士

走る道はほとんど規制されていなくて、信号があれば信号待ちが必要だ。先日の高槻ハーフでは最後の最後に信号待ちがあって、待っている間はイライラが最高だったが、さすがに100キロの距離だといい休憩時間になった。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


先にも書いたが、富士山を要所要所で眺められるので、本当に気持ちが良い。それぞれの場所から見える富士山は少しずつその姿が違っている見ごろは過ぎたと思われるが、残った桜がまだまだ綺麗だ。風で桜の花びらが舞うその下を走っていく。素晴らしく贅沢なレースだ。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


最高気温は天気予報でも、途中の道路での表示も11度程度だったのだが、日差しが強くて走っている間は暑く感じる。通りすがりの人たちが冬の服装をしているのを見て、違和感を一瞬感じるが、実際のところは我々が特殊な状況にあるだけなのを思い出す。

独立宣言 ~ 少し走る診断士

どういうペースで走るのが良いのかわからず、とりあえず話をしながら走れる6分/キロくらいのペースだと10時間で完走となるはずだ。しかし、当然そのペースで最初から最後まで走り通すことはできないだろう。だから、自分の一番走り易くて疲労が少ない走り方が良いのだと考えて、その時々で走りやすいペースで走ることにした。僕の場合は、5分30~40秒/キロあたりが通常は一番走りやすいペースだ。スタートして40キロ過ぎまではそのペースで走った。そして、それからが全くもって僕の未知の領域だった。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


ちょうど50キロあたりのエイドでは、うどんのサービスがあって、一息入れることができる。しかし、その50キロあたりから少しずつ疲れも出てきた。少しペースは落ちた。5分50秒~6分/キロくらいだ。それでも、エイドに立ち寄り、水分やチョコレート、飴、バナナ、オレンジ、干しぶどうなどを頬張ってコースに戻ると、また元気が戻ってきて気持ちよく走り続けられた。今から思えば、そのペースで走るとたくさんのランナーを追い抜かしてきていて、その点で自分のペースがおかしいと思わなくてはならなかったはずなのだ。


大きく変わってきたのは、60キロを過ぎたあたりだろうか。さらにペースが落ちてきていて、走ることがかなり苦痛になってきていた。69.8キロ地点のエイドに入った時にはもういっぱいいっぱいの状態だった。もう走れない、そんな感覚だった。


そんな状況であっても、69.8キロ地点での着替えとヴァームゼリーなどの補給、そして椅子に座っての休憩、そこで一息入れればまた復活できると思っていた。


着替えと休憩を終えて、もう一度新たな気分でスタート!

のはずだった。


ところが、足が動かない。それから右足に激痛。下腿の前部と足の裏がどうしようもなく痛い。

走るどころか、歩くのもやっと。

痛みがひくのを待とうとしても、全く痛みはひかない。

とりあえず、歩いているうちに痛みも収まるのでは、との淡い期待をもって歩いて進む。

しばらく進むと、多少走れるような気持ちになった。8分/キロのペースで走る。ほとんど歩いた方が速そうなのだが、少しずつ前に進めている気分が良かった。大抵のランナーには抜かれていく。さっき抜いていったランナーたちだ。悔しいがどうしようもない。次のエイドにかろうじてたどり着く。そこで休憩をすると、また先ほどの痛みが襲ってくる。また、ゆっくりと歩いて進んでいく。それから少し走れそうな気分になると、よたよたと走り出す。

そんなことの繰り返しで、何とか80キロ地点にあるエイドまでたどり着く。


そのエイドには、ファイテンがマッサージのサービスをやっていた。右足が痛いので、とマッサージをしてくれる女の子に告げると、かなり張ってますね、としっかりマッサージをしてくれた。あと20キロ頑張ってくださいね、その励ましの声でもう一度頑張ってみよう!そう思って走り出そうとしたのだが、やっぱり駄目だった。

この時、15時過ぎになっていた。そろそろ決断の時だった。

明日は東京で仕事があるので、東京に宿をとっていて、富士吉田から新宿行きの高速バスに乗る予定だった。日曜日の夕方ということで、どの便も予約はほぼ満席のため、予約できたのは18時半頃のバスだった。

このまま先に進めば、ひょっとしたら制限時間内のゴールは可能かも知れないが、それだとバスには乗れないし、富士急行~JRを乗り継いで電車で東京に戻る手もあるにはあるが、時間もかかるし乗り換えの手間もあるしなあ、などといろいろ考えた。


そして、係の人にリタイアしますと宣言した。


完走する人は出場者の60%程度らしいので、相当な人数がリタイヤする。今回は2600人が出場しているのだから、1000人程度がリタイヤする計算になる。リタイヤする人を拾うバスが定期的に出ていて、僕もそれに乗り込んだ。リタイヤ、制限時間でまわってくるバスに乗るのは初めての経験でだった。バスに乗ったら、そこは満席。やっぱりたくさんリタイヤする人がいるもんだ、と思いつつ、後方の出口の近くで手すりを持って立った。

バスの乗客はみな黙ったままだった。やはり、このバスの乗客は無念のリタイヤをした人ばかりなので、疲労と、悔しさで口もきけないのかと思っていたのだが、よくよく見てみるとみんな寝ていた。ま、それはそうだろう、僕もここまで80キロを走ってきていてフルマラソンを2回分くらいの距離を走ったのと同じなのだから。


北麓公園陸上競技場まで戻って、バスを降りた。悲しいくらい足が動かない。本当によたよたと歩く。フルマラソンでも少しはこんな感じにはなるのだが、ここまでひどくはない。荷物の受け取りと、着替え、シャワーを浴びるために体育館に向かったのだが、首からメダルをぶら下げて歩くランナーがたくさんいた。完走者だけがもらえるメダルである。やはり悔しいものだ。少し屈辱的でもあった。と言いつつ、豚汁サービスをしっかり頂いた。


シャワーを浴びて着替えたところで、17時少し過ぎ。富士吉田に戻らなくてはならないのだが、毎時ごとに送迎バスが出るのだが、次のバスは18時。それだと18時半に間に合わない可能性がある。予めホテルでタクシー会社の電話番号を教えてもらっていたし、ここの施設にも電話番号の一覧が壁に貼ってあったから電話をしようかと思って、体育館を出た。すると、ちょうどタクシーが目の前に現れた。運転手に誰かを待ってます?と聞くとそうではないとのことだったので、そのまま乗り込む。


駅までの道をタクシーの運転手と話をしていた。今年は特に雪が多かったので、富士山もまだまだ綺麗に見えているのだそうだ。


富士吉田駅に到着したのは17時30分頃。駅のそばにあるバスのチケット売り場で、予約した18時半より早い時間のバスがないか訊ねてみたのだが、やはり全車満席との回答で、あきらめて18時半のチケットを受け取った。重い手荷物をまとめ直すために、チケット売り場の中でしばらくいた。すると、先ほどの売り場の窓口の女性がお客様と声を掛けてきた。なんと、18時少し前のバスに空きが出来たというのだ。これはラッキー。チケットを再発行してもらった。どうもありがとう。


中央高速はかなり混んでいたようだ。富士吉田を出たバスはその後、河口湖駅で乗り込んできた客で席が全て埋まった。その後は何にも覚えていない。ぐっすりと寝てしまった。気がつくと、新宿だった。40分遅れでの到着と言われたので、2時間以上も寝ていたようだ。


よたよたと何とか歩いてJR新宿駅にたどり着き、埼京線に乗り込んだ。


次回こそはこの雪辱を晴らしてやる!

というような気持ちには今はまだ全くなっていないが、またいつかはチャレンジして完走できるようになりたいと思っている。


そして、各エイドでサービスをしてくれた地元の方々には感謝、感謝である。

またよろしくお願いします。



明日の朝、5時スタートのチャレンジ富士五湖というレースに参加するために、新宿の高速バスターミナルからハイウェイバスに乗り富士吉田に向かっている。
初めてのウルトラマラソンである。いきなりの100キロである。

少し無謀かもと思いつつも、わりと簡単にエントリーしてしまった。ネットで何でも簡単に申し込んだり、買えてしまうというのも多少問題ありかな、とも思う。勝手な言いぐさではあるのだけれど。
バスの中には、レースに出場するのか、応援に行くのかわからないが、マラソンの話しで持ちきりのグループもいる。

実は昨日あたりから風邪気味で明日の体調が少し心配だ。無理せず完走だけ目指している。明後日はまた東京で仕事なので、明日中にまた東京に戻るつもりだ。だから、東京までの高速バスか、電車がある間に富士吉田駅まで戻って来なくてはならないのだ。最終の富士吉田駅から出るバスは19時59分発。ハイウェイドットコムのサイトから予約しようとしたが既に満席。結局、空きがあるのは18時25分のバスしかなかった。うーむ、こんな早い時間に戻って来れるのか?
とにかく、なるようになるつもりで明日を過ごそう。

昨日は9時頃にはベッドに潜り込む予<