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走る!宇治の診断士

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宇治に住んでる中小企業診断士です。
2013年5月にサラリーマンをやめて、独立開業への日々を綴ります。

随分久しぶりの更新。


初めて、掛川新茶マラソンに出場した。


初めて買ったマラソンの教則本でこのレースの写真が紹介されていて、桜と緑がとてもとても綺麗で気持ちが良さそうだったので、いつか出場してみたいと思っていたのだ。(その本では、まだ小笠掛川マラソンという名前だった)


宿泊していた掛川駅近くのホテルをチェックアウトし、掛川駅南口からシャトルバスに乗る。

行先はヤマハつま恋リゾート。そこがスタート・ゴール地点になっているのだが、つま恋という地名を聞くと、かつて吉田拓郎がオールナイトでライブを行ったのを思い出す。



独立宣言 ~ 少し走る診断士-つま恋ゲート


噂には聞いていたのだが、、アップダウンが多くてフルマラソンとしては確かに厳しいコースであった。宇治川マラソンがフルマラソンになった感じだ。

そして、結果はなんと自己ワースト記録更新である。しかも初めて4時間を切れなかったというおまけつき。ずっとまともに練習できていなかったのが直接の原因ではあるが、最近どうも走ることが以前ほど楽しいと思えなくなってきているようにも思えて、それが根本的原因かも知れない。


独立宣言 ~ 少し走る診断士-ゴールポスト


しかし、フルーツが各エイドに置いてあって、メロン、キウイ、オレンジ、バナナどれもおいしかった。戦国汁もおいしかった。今までどこのレースでも走ることに集中し過ぎていて、こういう楽しみがあるのを忘れていたいたかも知れないなあ。

久しぶりの更新である。


昨夜のうちに東京へ移動し、今日は朝から新宿わかしおという特急列車に乗って千葉県の御宿というところに行ってきた。初めてのトレールランのレース「2012鏑木毅と駈けよう!おんじゅく里山・里海トレイルラン」というものに出場するためである。


関西人たる僕は、御宿なんて地名さえも聞いたことがなかったのだが、13キロという初心者にはありがたい距離であることと、1月9日のレースながら12月31日まで募集していたので、東京に出張中というのもあって、なんとなく申し込んだというわけだ。


後から聞いたのだが、御宿というところは海水浴場として古くから有名なところなのだそうだが、海水浴客が減少してしまっており、さらに震災による風評被害にもあうなど、厳しい状況になっている。地域活性化のために数年前からトレイルコースを開発してきたということだった。今回のレースはそのこけら落しみたいなものだったらしい。確かに海の色はエメラルドグリーンで非常に綺麗だった。沖縄の海を思い出した。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


レースは、海岸がスタート地点となり、海岸線に沿って砂浜をしばらく走る。その後、山に入るのだが、メキシコ記念公園という謎めいた名前の場所を経由して山を下る。新たに開発されたというトレイルコースということだったが、確かに綺麗に切り開かれた竹林の合間を走るコースだ。もう一度砂浜に降りるとそこが長浜という場所で、切り立った断崖絶壁の下を走る。その後、岩場を登って、断崖の上に登っていく。このあたりは本来漁師だけしか通れない道だそうで、岩盤をくりぬいたトンネルなんかを走る。そのあとは里山と道路を走り、最後はまたメキシコ経由で海岸へ戻る。


13キロとはいえ、はじめてのトレイルはかなり足にきてしまい、途中の狭い道ではよろけて足を踏み外すのではないかと少しひやひや。


109人中、49位という結果だったが、こんなものか。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


レース終了後、「海のホテル」という名前のホテルで、鏑木毅氏の講演が開かれた。彼にはふたつの目標があるという。体が動く限りトレイルを走り続けることと、トレイルランニングの普及に努めることなのだそうだ。トレイルランはまだ新しいスポーツであり、第一人者である彼が今道筋を作っておかないと良い方向に行かないのではないかと感じているのだ。


彼がプロデュースしたという、ウルトラトレイルMt.Fuji、神流マウンテンラン&ウォーク、千羽海崖コースタル・トレイルランニングレース開催の苦労話を含めて、トレイルに対する彼の熱い思いを感じることができたいずれにもぜひ参加してみたいと思ったが、まずはしばらくの間は完走できるだけの体力づくりが必要そうだ。

9月18日(日) 4時半前に、網野町にあるアミティ丹後へ。

最高気温が33度の予報、朝4時半の温度が26度、湿度は90%以上。かなり蒸し暑い。

昨年も出場し、100キロを完走した大会であるが、今年は会社の同僚が出場するというのもあって、引き続きエントリーしていた。



独立宣言 ~ 少し走る診断士

今年は、「Pray For Japan」 が合言葉。

独立宣言 ~ 少し走る診断士


参加賞のTシャツも、そんなイメージ(昨年のは和風デザインだった)。

独立宣言 ~ 少し走る診断士


独立宣言 ~ 少し走る診断士



前日の案内で、初めて知ったのが碇高原がコースからはずれたこと。最大の難関で、上り坂が延々と続く厳しいコースだったのだが、今年は大雨のせいで走れなくなったようだ。昨年と比べるとだいぶ楽になるはずだった。



独立宣言 ~ 少し走る診断士

朝焼けがきれいな場所。このあたりまではまだ大丈夫だった。

しかし、だんだんと気温が高くなるとともに、喉が渇いてしかたないようになってきた。さらに、足の裏、膝、腰に痛みが出てきた。


上り坂だけは歩くまいと決めていて、それはなんとか守れたのだけれど、平地と下り坂ではとうとう歩いてしまった。30キロを越えたあたりで気持ちが悪くなり、パンシロンを飲んだ。自動販売機で何本もジュースを購入して飲んだ。

その後は、もうどこでリタイアを宣言しようかと考えながら、歩いたり走ったりしていた。それでも、56キロ地点の関門時間には間に合うようには走れたのだが、この後はもう気力もうせてしまって、だらだら歩くだけだった。

そして、14時40分が71キロ地点の関門時間だったが、その時刻にはまだ関門のエイドのひとつ前のエイドにいた。それでも、一応行けるところまでは行きたいと思ったので、碇高原の代わりのコースである、依遅ヶ尾山を何とか登りきって、坂を下りてからしばらくしたところで、後ろから車のクラクション。お迎えの車だった。

車に乗せられて着いた次のエイド。


独立宣言 ~ 少し走る診断士


もうほとんどが片付けられた状態だった。そして、しばらくの間、呆然とアミティー丹後へ向かうバスを待っていた。僕の他に待っている人たちは数十人いたが、みんな静かだった。


過去の大会記録を見ても、今年は猛烈に暑かったようだ。

途中、救急車で運ばれる人を二人目撃したが、他にもいたようだ。


反省点は、

・やっぱり暑さに弱いこと(暑いと走る気力がなくなる)

・準備不足・練習不足だったこと(今年の冒頭から異常に仕事が忙しくて満足に走れなかったのもある)


これらに打ち勝ち、来年はリベンジである。