9月18日(日) 4時半前に、網野町にあるアミティ丹後へ。
最高気温が33度の予報、朝4時半の温度が26度、湿度は90%以上。かなり蒸し暑い。
昨年も出場し、100キロを完走した大会であるが、今年は会社の同僚が出場するというのもあって、引き続きエントリーしていた。
今年は、「Pray For Japan」 が合言葉。
参加賞のTシャツも、そんなイメージ(昨年のは和風デザインだった)。
前日の案内で、初めて知ったのが碇高原がコースからはずれたこと。最大の難関で、上り坂が延々と続く厳しいコースだったのだが、今年は大雨のせいで走れなくなったようだ。昨年と比べるとだいぶ楽になるはずだった。
朝焼けがきれいな場所。このあたりまではまだ大丈夫だった。
しかし、だんだんと気温が高くなるとともに、喉が渇いてしかたないようになってきた。さらに、足の裏、膝、腰に痛みが出てきた。
上り坂だけは歩くまいと決めていて、それはなんとか守れたのだけれど、平地と下り坂ではとうとう歩いてしまった。30キロを越えたあたりで気持ちが悪くなり、パンシロンを飲んだ。自動販売機で何本もジュースを購入して飲んだ。
その後は、もうどこでリタイアを宣言しようかと考えながら、歩いたり走ったりしていた。それでも、56キロ地点の関門時間には間に合うようには走れたのだが、この後はもう気力もうせてしまって、だらだら歩くだけだった。
そして、14時40分が71キロ地点の関門時間だったが、その時刻にはまだ関門のエイドのひとつ前のエイドにいた。それでも、一応行けるところまでは行きたいと思ったので、碇高原の代わりのコースである、依遅ヶ尾山を何とか登りきって、坂を下りてからしばらくしたところで、後ろから車のクラクション。お迎えの車だった。
車に乗せられて着いた次のエイド。
もうほとんどが片付けられた状態だった。そして、しばらくの間、呆然とアミティー丹後へ向かうバスを待っていた。僕の他に待っている人たちは数十人いたが、みんな静かだった。
過去の大会記録を見ても、今年は猛烈に暑かったようだ。
途中、救急車で運ばれる人を二人目撃したが、他にもいたようだ。
反省点は、
・やっぱり暑さに弱いこと(暑いと走る気力がなくなる)
・準備不足・練習不足だったこと(今年の冒頭から異常に仕事が忙しくて満足に走れなかったのもある)
これらに打ち勝ち、来年はリベンジである。





