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リハビリテーションに関わる人の体軸理論

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こんにちは。



今日は体軸理論を理解する上で最も重要といても過言ではない「最小公倍数」について書いていきたいと思います。最初に言ってしまえば、「体軸とはカラダの最小公倍数」ということになります。


最小公倍数 Wikipediaより
「0ではない複数の整数の公倍数のうち最小のものをさす」


まぁそのまんまですね。


なぜ最小公倍数を考えなければいけないかというと、数字の広がりは無限に増えてしまうからです。つまり、カラダでいえばカラダにとって必要なものを数えれば無数に存在し、把握しきれないからです。


最小公倍数を考えないと宇宙にある星がいくつあるのか?というくらい途方もないことです。


私たち体軸リハビリテーションでは、多数のセミナーがあります。これらのセミナーのすべての構成は、この「最小公倍数」にあります。なぜそんなことをするのかと言えば、各疾患に必要な情報、技術は無数に存在してしまうためです。その疾患に必要な知識技術の中で、最低限網羅しておかなければならないものを疾患別セミナーでは教え、その最小公倍数のみつけ方を体軸レベル1~3で行っています。


この最小公倍数は非常に重要なので何回かに分けてご説明していきます。




最後までお読みいただきありがとうございます。

こんにちは。





今回はW杯について書いていきたいと思います。いよいよ始まった決勝トーナメント。実は、W杯を通じて体軸リハビリテーションにおけるTLテクニックの研究を私たちは毎週末行っています。


もちろん思い通りの結果が出るわけでもなく、検証を繰り返し行いその可能性を見いだしています。この内容に関していつ公表できるかはわかりませんが、なかなか面白いデータが集まって来ています。



その中で、各データの比較検証を色々なヒトと共有することでまた新しい視点が増えて来ています。今回非常に重要であったキーポイントは、同じ現象であってもやはり見る人の視点によっては、その言葉の言い回しが異なるという点です。



実際に体軸レベル2では、「異診同果」という言葉をたびたび使いますが、改めて実感できる出来事です。


よくあることは、色の認識の違いです。


あるヒトは、それを「赤色」だと認識していることもあれば、また別のあるヒトは「オレンジ色」と認識するヒトもいます。



これはどちらかが間違いなのか?といわれればそうではなくヒトによっての見え方、すなわち視点が違います。


だったらずっとヒトと違っていいのか?というとそういう話ではなく、それを共有し、いかなる視点も「捉えきろう」という認識が同時に必要です。常に自身のみの認識だけでは必ず偏りが生じるからです。


それが体軸理論における上達の一要素であります。


ちなみに、機能は日本代表監督ザックとコロンビア代表監督ペケルマンについて身体意識的構造から、その能力を分析し実践しました。これも非常に面白いというか、W杯がここまで国に対する影響を受けるのか、または及ぼすのかを理解した日でした。



最後までお読みいただきありがとうございます。

こんにちは。




日本代表。。。悔しいですが、出直しですね。私一人が何をがんばっても全く代表選手達のためには、もしかしたらならないかもしれない。でも、何かなるんじゃないかと思って、今後も活動していきたいと思います。



さて今回は、前回の続きでインソールの話。


結論から言えば、「最初にインソールに目を向けたヒトはやっぱりすごい」ということです。たしかに、足は唯一床と設置している面であることから注目度が高くなることは必然だったと思います。



ただそのとき、「インソールというものを用いて全身の機能向上を目指す」という突拍子もない考えにはなかなか至りません。なぜなら、問題となりうる部分は、すべて網羅したいと思うのが人の心情だからです。



そうなると、あれもこれもそれも手を出してしまい結局、なににもならなかったということが多くなります。ただ、「これで勝負する」というようにポイントを集中して臨むことのリスクも相当なものです。



もしそのポイントが少しでもずれていた場合、ダルマ落としの駒のごとくみるみるうちにズレていき、やがて崩壊します。つまりものすごく大胆であり、かつ繊細さが要求される、とても勇気のいることであるということです。



私たちのお伝えする体軸理論の根本は、高岡英夫氏の提唱する理論でありこの理論としてすごいところが「軸の位置はここである」と言い切ったことになります。


これまで、「軸」という言葉はあらゆる場面で使われてきました。その中には、「センター」といったり「正中線」というように言い換えていることもありますが、これらの言いたいことはすべて同じであり、「要するに軸はここだ。」と言ったのです。



もちろんこれは何も考えず当てずっぽうに決定したのではありません。なぜなら、当てずっぽうですと、ある場面では一致するが、ある場面では一致しないということがおこってしまうためです。


このように、いちいち場面ごとに変わってしまっては、定義にならないからです。
どのようなことを考え、高岡英夫氏は「軸」というものを定義してきたのかは、すべての著書をあたっていただくとわかると思います。



前置きが長くなりましたが、体軸インソールはこのようなことを考えて作成されました。


「あるポイントにインソールと入れるということは、要するにここにパッド(インソールに貼付ける生地)があればいい。」というふうに考えだされたポイントをいくつか用意しています。このポイントももちろん、あらゆる条件を考えた抜いた結果導きだされたポイントであるということです。



今回のセミナーは、はじめてインソールを行うヒトはもちろん、これまでインソールを行って来た方でもとても参考になるポイントとなっていると思いますので、ぜひ一度ご覧になっていただけたらと思っております。



最後までお読みいただきありがとうございます。


こんにちは。



今日はW杯日本代表戦でした。今回のW杯は国民として普通に観戦するかたわら、いつもとは違う面持ちで選手を見ていました。個人個人いいプレーは出ますが、なかなか点に結びつかない。これが、環境という条件の違い、組織という条件の違いであるということを思い知らされ、相手の戦術までも読み切らなければいけないことを痛感しました。次はコロンビア戦。失うものはもう何もない。全力で戦ってもらいたいとおもいます。




その昔、建築家でもあったレオナルド・ダ・ヴィンチもかつて足部に関してこのような言葉を残しています。



「足は人間工学上、最大の傑作であり、そしてまた最高の芸術作品である。」




これまで、リハビリの世界においてインソールの文化を築いた入谷先生の偉大なる功績であると言えます。その他にも、足部の重要性に気づき挑戦するセラピストも多くいると思います。



やはり、唯一地面と接地している足部の構造が、人体に与える影響は大変大きいです。つまり、接地している面が正しくない、歩行動作のスタート以前に機能障害がおこってしまうということです。ですから、足部を整え全身状態を統合するという目的が主だと思います。つまり、足部構造、機能からカラダすべての機能を補おうとすると言うことです。



上記に書いた部分は、すごく大まかにインソールの役目を私なりに解釈したので、各個人その細かい認識は違えど、おそらく同じような気持ちなのではないかと思います。






そんな足部の構造に着目しリハビリに導入するということはいささか当然であると言えます。しかし、ここで一つの疑問をいだくセラピストもいたのではないでしょうか?



「足部の構造を変化させ、身体すべての機能を構築するのになぜその評価、治療ターゲットが歩行動作にのみ着目されているのか?」



ということです。もちろん、「歩行時のみ足部は地面と接地しているためである」ということも一理はありますが、そうすると矛盾が生じてしまいます。



「身体運動すべての機能を構築する」という部分においてです。これでは、すべてではなく「歩行における身体活動のみ」ということになります。



また、もう一つの矛盾は、足部により身体活動がよくなり歩行もよくなったという考え方があるのであれば、歩行以外のすべての動作(寝返り、起き上がり、スポーツ特殊動作、人間の行うすべての動作)において機能向上がなければなりません。



そこで、私たちがお届けする「体軸インソール」では、インソールにより体軸を形成し、(あくまでも無意識的に構造化される、意識の軸であるということが前提)歩行以外のすべての動作の機能回復がねらいです。



こんにちは。



今回もAKB48について体軸理論的に解説していこうと思います。前回の記事はこちらからご覧になれます(→AKB48選抜総選挙



以前予定していた通り、
AKB48がSKEやNMB、HKTを作る理由、存在する理由と選挙をAKB48の選抜にするという意味を解説してみます。(あくまでも体軸理論的に解釈した場合の話です。)



最初から結論を言うと「AKB48が体軸そのものである。」ということが言えます。これはあくまでも、「AKB48グループの中での」という条件の中だけですが。


ヒトやもの、理論や記号、すべての現象は必ず基準となる「中心」が存在し、必要となります。なぜなら、その善し悪しの判定をその基準のもと決定するからです。つまり、基準や中心がないものはなんだかよくわからないけど存在しているだけになってしまいます。



これは、人体そのものもそうですが、会社組織、国の組織もっと言えば世界の組織を同じことが言えます。




でもなんで、沢山作る必要があるのか?ということが疑問にあがります。これは先ほど行った条件の話が重要となるのですが、言ってしまうとSKEもNMBもHKTもある意味では体軸ということも出来ます。その条件とは、各地方においての中心さらにAKB48グループの中の、地方の中の中心ということになります。



つまりどこまで言っても中心は存在し、それを決定するのが条件設定であるということです。ただなんでも条件設定をして「すべての中心は俺だ!」といっても豚に真珠ほどに無駄で、そこには”自分の条件設定”というもの以外ないためです。


その点、AKB48は日本の“中心”東京の、アイドルの聖地で”中心”となる秋葉原でやっているという強固な条件設定から「”AKB48”の選抜総選挙」となるのです。



これまでで何となく気づいていると思いますが、その中心に据えられるものは主観的に見ても客観的に見ても中心出なければならない、つまり主観と客観の間でなければ中心となり得ないということです。



少し難しい話が続いてしまったので、次回からはもう少しわかりやすい内容でお届けできるように努力していきます。



最後までお読みいただきありがとうございます。