外出自粛のムードが高まり、仕事も在宅勤務が中心になった。
新しい時代が来るから備えをしなければ、
と思うものの行動ができない自分。
自己対話も満足にしてないし、
こんなときだからこそスキルアップに
何かを始めればいいのに何もできていない。
それどころか、最近新しい推しができてしまい、
毎日動画やブログを見てにやにやするだけの生活。
このままでいいのか、
こんなことをしている場合なのか、
どこかで自分のことを責めるわたしがいた。
***
久しぶりにHappyちゃんからのライン通知。
HTLで公開している動画を
You Tubeにアップしてくれたらしい。
早速覗きにいってきた。
☆「永久保存版」視点の違い
***
動画のテーマは大きく二つに分かれていた。
二つ目は別に記事を起こしたいので、
まずは一つ目のテーマについて
自分の感じたことを残しておこうかなと思う。
ソースとは「愛のまなざし」である
話の始まりはHTLの方からのお便りについてだった。
Happyちゃんがちょっとどんくさいミスをしたことを
HTLのコンテンツで公開したときのこと。
お便りの主さんはそんなミスがかわいいな~
と思ってほほえましくなったそうな。
このとき主さんはいわゆるボルテックスにいる状態。
かわいいな~とHappyちゃんに対して
無条件の愛を注いでいる。
宇宙理論ではこのボルテックスにいる時間を
少しでも長く保とうということがよく言われている。
ボルテックスにいることは
ソースとつながっている状態を示す。
そしてソースとは
「愛のまさざし」そのものである。
つまり、「愛する」という行為そのものが、
ソースであることそのものである、ということ。
愛を注ぐ対象は自分でなくても構わない。
他人でもいいし、モノやペットでもいい。
理由は私たちはもともと一つだったから。
宇宙から見たら私と他人との間に区別はない。
だから、「愛する」時間を増やしていこうよ。
自分を愛せないといっている人でも、
他者に愛を注いでみる。
そうすると自然と自分を愛せるようになってくる。
私も他社ももともとは同じ存在だから、
他者に愛を注ぐことは自分に愛を注ぐこと。
例えば、何かを食べておいしいなと心から思うこと。
風を浴びて気持ちいいなと感じきること。
それも愛を注いでいることの一つ。
そのときに余計なことは考えなくていい。
余計なこととは、
風を浴びて気持ちいいと感じているのに
何を思っているんだろうと我に返ったり、
私に対してそんなこと思えないと否定的になったり、
せっかくいい気分を感じているのに
その流れをせき止めてしまうようなこと。
私たちは感じていい。
無条件に愛を注いでいい。
だから余計なことは考えず、
シンプルに愛を注いで感じよう。
そんな呼びかけだった。
(かなり意訳しているけど)
***
この話を聞いたときに、今私がやってることって
完全にソースとつながっている状態だということに
気づいてしまったのだ。
動画や写真、インタビュー記事を読み漁っては
推しに対してかわいい、かっこいい、惚れる
と終始デレデレしているだけの自粛生活。
もはやソースとつながりっぱなしだったのでは、
ということに。
せっかくいい気分できるのに、
まだ目に見える結果や成果に
とらわれてしまう自分がいて、
何かためになることをやらなければ
と知らぬうちに焦っていた。
忘れがちだけど、一番大切なのは内側。
外側で起きていることはさほど重要ではないし、
過去の自分が作りだしているものだから、
あくまでも大事なのは自分の今感じていること。
これを再認識しないとな。
推しがかわいい、かっこいい、天才
(めっちゃいい気分、愛を注ぎまくり)
↓
こんなことばかりしてもいいのかな
この年でおっかけばかりしても何にもならないし
何かためになることをしなきゃ
自己対話も十分にできてないし
新しい世の中に適応できる自分にならなきゃ
(我に返って焦り、不安を掻き立てる)
思えばこの繰り返しだったな、と。
私、余計なこと気にしすぎてた。
せっかくいい気分になっているのに、
全部自分でせき止めて
ボルテックスからまた外れてた。
自分が嫌な気分になることは、
自分にとって不必要な考え。
これはずっとHappyちゃんが言ってたこと。
だから不安や焦りを掻き立てるような考えは
必要なかったんだな、考えなくてよかったんだ
って改めて気づくことができた。
***
そして、もう一つはっとしたことがあった。
最近はまった推しは
あるグループに所属しているんだけど、
そのグループが家族みたいに暖かいグループなの。
歴や年齢を問わずお互いが尊敬しあっていて、
一つになろうと一人ひとりが意識的に行動している。
その結果、団結力がすごくて
チームワークもとてもよくて仲良し。
見ているとすごく元気になれる人たちなんだ。
最近知ったエピソードですごく素敵だなって思ったのは、
ある人のしたミスに対して責めず、
笑いに変えて話していたこと。
その理由が真剣に取り組んでいる上での
ミスだからというものだった。
そういう日もある、ただそれだけ。
このエピソードを知ったとき、
こんな風に言ってくれる人が
そばにいてくれたら最高に幸せだなって思ったの。
そこではっとして。
あ、私そういう風に扱ってほしかったんだって
初めて気づいた。
自分に優しくしたいとは思っているけど、
あまりできてなかったのかもしれない。
そして、そんな風にメンバーに対して思える
その心がとても素敵だなって思ったのよね。
だから私→わたしで考えるのが難しかったら、
〇〇くん→わたし、もしくはわたし→〇〇くん
で考えるともっと自分に寄り添えるのかなって。
愛ちゃんもHappyちゃんを扱うように
自分のことを扱うようにしたといっていたし、
ちょっとその路線でやってみようと思う。
***
最後少し脱線したけど、
愛を注ぐ時間を増やすこと。
これが一番大事。
結果(外側)よりまずは内側。
もっと自分とつながる。
もっと私が望んでいるものや
気持ちに寄り添っていきたい。
そんな想いを新たにした日でした。
自粛中にアイドルにうきうきしやがって
って自分で責めてたけど、それ辞めるね。
だってそれこそ愛を注ぐ時間だから。
むしろ大事にしていこうと思う。
何にも問題なかった。
大丈夫だった。
それが分かったのが何よりもうれしかった。
ありがとうHappyちゃん。
よし、明日も思いっきり推しを愛でて過ごします♡