大好きだけど、ムリー
私には、大好きなゲイの友人がいます。
彼は新興宗教の熱心な信者。
なので当然、私にも熱心に勧めます。
付き合いのいい私は、
何度か一緒にお参りにも行きました。
彼いわく、
「願いが叶って、すごいことになる!」
らしい
でも私は、特になし(笑)
おそらく信心が足りていません🤣
何度かお付き合いしましたが、
これ以上もう深みにはまりたくない。
「私は、もういいかなー」
と言っても、彼はまだ熱心に勧めます。
あんまり熱心なので、私は言いました。
「私はあなたが大好きだから、
あなたの好きなものを否定しないし、受け入れてるよ」
「だから私の
“これは無理”っていう気持ちも、受け入れてくれない?」
彼が信じるのは、彼の自由。
私が信じないのも、私の自由。
あなたの問題を、私は背負わない。
そして私の問題も、あなたに背負わせない。
これがアドラー心理学でいう
「課題の分離」なのだと思います。
大好きだからといって、
同じものを好きになる必要はない。
同じものを信じる必要もない。
「私の大切なものを、あなたにも大
切にしてほしい」
その気持ちは分かります。
でも、それを相手に求め始めると、
愛情と支配の境目が怪しくなる。
あなたが何を信じても、私はあなたが好き。
でも私は、それを信じません。
大好きだけど、同じにはなれない。
それで関係が壊れるのなら、
そもそも何を受け入れていたのでしょう。
ミランダなら
あなたが何を信じようとあなたの勝手よ!
でも、
あなたの神と、私の神は違う。
That’s all. 👓👠
彼の灯りは、彼が選ぶ。
私の灯りは、私が選ぶ。
それでいい
