――『利他の心』と『自利利他』
昨日の読書会で、
「利他」という言葉を何度も聞きました
そのたびに、なんとなく違和感。
「利他の心」
【美しきリタ・ヘイワ―ス 関係ないけど💦】
誰かのために生きることは、素晴らしい。
自分のために生きることは、
わがままで悪いこと。
そんなイメージ、ありませんか?
私も、なんとなくそう思っていました。
でも占い師として、いろいろな方のお話を聞いていると、
まずは「利他の心で!」
では、どう考えても無理のある場面に出会います。
明日の生活も不安。
心も身体も疲れ果てている。
自分を大切にしてもらった記憶さえない
そんな人に、
「誰かのために生きましょう❤️」
って
いやいやいや
それ無理やろ??
「衣食足りて礼節を知る」
という言葉もあるくらい
私の占いの師匠からも
「まずは自分が幸せになれ」
「そのあとで、来てくれたお客様を幸せにしなさい」
厳命されてます
だから私も、少しずつお客様に伝えるようになりました。
「まずは自分を大事にして」
「先に自分を満たして」
でも、それって我利我利?
悪い事????
たとえば、
両手いっぱいの荷物で帰宅途中
重い
疲れた
もう早く家に帰りたい_| ̄|○
そんなとき、道端にタバコの吸い殻が落ちている
周りには誰もいません
拾った方がいいよねーと心はさけぶ
でもさ
拾えないよね
荷物が重いんだもの
とりあえず まず家に帰る
荷物を置く
ほっとする
なんなら、お茶でも飲む
元気が出たら
愛犬を連れて散歩に出て、
ついでに、さっきのゴミを拾う
それでいいんじゃない???
自分の荷物を先に下ろすことは、
誰かから何かを奪うことではないし
世界に一人しかいない自分を、
まず自分が大切にすること。
自分が満たされて、
幸せがどんなものかわかって
そこで初めて、周囲にも少し優しくできる
「あ、今なら利他の心を持てそう」🌸
そのくらいでいいのでは?
『利他利他!』って力入っちゃうときほど
苦しい!!ときほど
「利他で考えるべき」
「誰かのために頑張れば、きっといいことがある」
心のどこかにありませんか?
見返りを期待したり
リターンを期待した瞬間、
利他は取引になり、
『~べき』と思うと 途端にしんどくなる。
だから、我利我利でいいじゃない?
――と言いたいところですがーーーー(笑)
仏教の言葉では、素敵な着地点が
自利利他☆彡
誰かを踏みつける我利我利ではなく
まず自分の荷物を、自分で下ろす自利
自分の荷物が少し軽くなったら、
そのとき、できる範囲で、
ちょっとだけ利他
煩悩の私は、それでいいと思っています。
