幸せな顔をした人のいない競馬場 -15ページ目

幸せな顔をした人のいない競馬場

~でもあなたはしあわせでありますように~

昨日ホイットニー・ヒューストン急死のニュースを聞き、即座に自殺だな、と思った。

薬物依存症、アルコール依存症、DVで苦しみ、つい先日は、友人から借りたわずかなお金を返せない状況にある、と報じられていたから、僕のように思った人は少なくないと思う。

世間的に当たり前に生きること、堅実に人生を歩むことは、人によっては、とてつもなく難しい。

世間的に当たり前の人生を送りたい?

と笑う人もいるかもしれない。

でもどんなにがんばっても世間的に当たり前の生を送れない人は、決して笑いはしないだろう。

大学の頃、満員電車に揺られるサラリーマンにはなりたくないと思っていた、そんなサラリーマンでいつづけることがどんなに大変か知りもしないで。

昨日からずっと人生の重さを感じている。

今朝FMラジオで All At Once が流れていたよ。

May you rest in peace, Whitney.
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遊んでいるときより仕事をしているときの方がおなかがすきます。

そして今日はエビフライが食べたかったんですっ! (これからまた忙しいのでリアではピザですませたんですが…。)

ありがとうございました キター Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!!

これでもう少しフォーカルコニック配向(←今、フォーカルコニックという液晶の配列状態に関する発明の明細書を書いてるんです。)とたたかえそうです (≡^∇^≡)

週末が近づくと、やっぱり疲れてるらしくて、週のはじめほど頭がまわらないんですが、あとひと踏ん張りしてみまーす (^-^)/

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ここにも γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

ごちそうさまでした☆
アメーバニュースに自分に自信がありそうな人の特徴ランキングが掲載されてた。

1位:声が大きい
2位:目力が強い
3位:体からオーラがにじみ出ている
4位:姿勢がいい
5位:語尾がはっきりしている

ぬはは。

僕にはまるであてはまらん、というか、自信のある人のうち少なからぬ人は、こんな特徴はもってないと思う。

つまり自分に自信がありそうな人≠ある人、である。

≪以下の記載は、不快に思う人も多いと推測します。このブログに好意的にきてくれる人以外は読まない方がいいかもしれません。≫

このブログを読んでくれてる人はわかると思うが僕は自信家だ。

自分の目指すところに自信があるのではなく、また、自分の生活するところで、わが身の至らなさを情けなく思ったり悔しく感じたりすることは多々あるけれど、正直言うと周囲を眺めて相対的に自分が劣っているとは思わない。

自分を他人と比較することはまずない。

(なお、僕はどーしよーもないダメ人間だが、この記事では、それと劣っていることとは別物だと考えます。)

努力していることもあるが、本当のところは他人がどーでもいいのだ。

はっきりいって興味がない。

くだらん働きかけをしてくる人はリアでもウェブ上でもいるが、原則、関心がない。

言葉は悪いが、どけ、クズ、という気持ちだ。

対等に言葉でなにかを掘り下げられるほど考えられもしないくせに、他人におかしな働きかけをしなければ生きてゆけない人間に、なんで付き合ってやんなきゃならんのだ?

僕はやりたいこともあるし、時々素晴らしい言葉を発する人たちと付き合っていきたい。

人生、短いのよ。

というわけで、僕の場合、自信と多くの他人に対する無関心とは、根っこが近い位置にある。

では自信がありそうな人の特徴ランキング1位~5位に関連し、僕自身のことを書いてみます。

・1位 声が大きい。

いい声してるね、と言われることはある。

が声が大きいとは一度も言われたことがない。

昼休み、僕は喫茶店で過ごすが、大きな声の人はたいてい聞き苦しいことを話している。

本当に、これ、自信がありそうに思えるのか?

声が大きくて口にする内容が大したことなかったら、馬鹿に見えるか、うさんくさいだけじゃ?

・2位 目力が強い。

僕はむやみに他人と目をあわせないように心がけている。

話をするときは相手の目を見るし、目をそらすわけではないけど、僕の視線は鋭いらしいので、自分の意に反し、他人にあまり不愉快な思いはさせないようにしよう、という配慮のつもりだ。

僕の場合、視線が鋭いだけで、目力があるわけではない。

よってこれもあてはまらない。

・3位 体からオーラがにじみ出ている。

基本的に僕には他人とちがう雰囲気があるらしい。

でもそれはオーラとは言わない。

自分のもっている雰囲気は、もしもそれを衣服で隠せるものならそうしたいと思う。

僕は無理にそう願うわけではないが、群集にまぎれこんでいたいタイプなのだ。

・4位 姿勢がいい。

僕は胸をはって生きている人間ではないので。

姿勢をよくしようとは思うんだけど、僕は考えながら歩くし、あまり姿勢がよくなる要素がないんだ(笑)。

・5位 語尾がはっきりしている。

ふつうにはっきりはしてると思う。

話はきちんとできる方だし。

ただ放送部の人たちのようには話さない。

不自然な感じが好みではないのです。

以上のような次第で、自信家浮舟の弟は断言する。

自信がありそうなこととあることとはまったく違うものである。
去年の暮れくらいからかなぁ、ラーメン食ってると有線で西田エリの「灰色のカラス」が流れることが多いんですよ。

いい曲っ ヾ(@°▽°@)ノ

そして「灰色のガラスは最高さ」(注:僕はしばらく「ガ」ラスだと聞き間違えていたのだ…。)なんてリスカ少女のすさんだ気持ちか、相互にはっきり認識できなかったり、割って凶器にすることが可能な、自他を隔てるものとしての「灰色のガラス」をうたってるんだろーなー、いいじゃん、いいじゃん、と思っていたところ、、、

なんすか、この歌詞 。(;°皿°)

鳩とカラスが特段の象徴性を与えられないまま歌が進行してってるんですけど。

でも、、、メロディは好きです。
吉高由里子と競馬観戦ができる権利って、、、

どっかに落ちてないか?

今年のJRAのキャラクターなんだから、抽選1名様、日本ダービーを吉高由里子と楽しもう、みたいな企画をやってくれよー。

一生分のくじ運使い果たすつもりでのぞむから。

それにしても吉高由里子タイプ、まわりにいたっていう人、かなり多いと思うんだよね。

僕のそばにもいた。

笑い方までそっくりな人がいた。

今日は吉高由里子の夢をみるつもりで寝よう。

おやすみ ヾ(@^(∞)^@)ノ

じゃなくて、宇宙人や霊はいるか? という記事にする予定だったのだ。

結論を言おう。

どちらもいる。

まず宇宙人。

宇宙人が地球に来ているかどうかは知らないが、宇宙には地球にしか生命体がいないと考える方がおかしい。

間違いなくいる。

次、霊について。

僕は霊の存在を信じていなかった。

父が死ぬまでは。

でもその後こりゃぁ、いるな、と思うようになった。

詳細はここには書かない。

がいると思う。

どーゆー態様で存在しているのかはわからないけど、いる。

オマケ。

超能力。

みんな潜在的にもっている。

僕もちゃちなのなら使える。

妄想狂や虚言癖の「超能力者」も多いが、超能力を否定する人間も多い。

どっちも馬鹿だ、呆れる。

しかしとにかく吉高由里子と日本ダービーに行きたいぞ。

トリスを飲みながら、好きな馬を応援できたらいいなぁ。

福山雅治の「」のPV中の吉高由里子、最高。

これなら故郷に連れて行きたくなるよ、よくわかる。

あ、俺も妄想狂だったんだ(呆)。
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ごちそうさまでした☆

気楽に遊んでるように見えるピグですが、仕事が忙しいんです…。

明日も打ち合わせで朝早くに家をでてくんです…。

年度末までどーしよーもないです。

職場にいるときはサイボーグ化して仕事をこなしてます(汗)

寒さが一段と厳しさをまします折、おからだに気をつけておすごしください ヾ(@^▽^@)ノ
三島由紀夫の作品について感想を書いたことがありません。

このブログでもそうです。

ある世代以下の多くのひとにとってそうかもしれないですが、僕は、腹を切った作家という知識の影響を受けない状態で、彼の作品に触れたことはありません。

感想を書いたことがないのはそのためもあると思いますが、それだけではありません。

僕は、三島由紀夫が、こわい。

小説を読んで、これはすごい、と思った作家は、それに続けてその他の作品の多くを読んでしまいます、僕はそんな読書をしてきました。

でも三島由紀夫については、すごい、と思っても、それ一冊。

一年くらいして別の作品を読んでまた、すごい、と思い、でもその後が続かない。

だから僕は三島由紀夫の書いたものをあまり読んでいません。

理由は、さっき書いた彼に対する、こわい、という心情。

どうしてそう感じるのかまったくわからないけど、とにかく僕は彼がこわい。

そのくせ電灯くらいの高さに三島由紀夫を意識している時間がけっこうあったりする。

今日仕事帰りに図書館に寄って三島由紀夫のエッセイをその場で読んでそのまま書棚に戻した。

この人がマスコミの寵児だったなんて、信じられない。

三島由紀夫と同時代を生きた人は、彼に対してこわいという感情をもたなかったというのか?

そんなに共感する部分が多かったというのか?

三島由紀夫と政治思想が似ている人は現在では少数だと思うが、彼の書き示す方向と、考えの方向が大きな角度をなしているわけではない、という人は少なくないと思う、政治に関することをおいておけば、僕もそうだ。

でも自分の考えと同じ言葉を、ページの中に見出しても、僕は彼に共感しない。

なぜだかまったくわからない。

ちなみに僕は三島由紀夫の作品の書評をしているブロガーさんも、ちょっとこわかったりする。

美輪明宏もこわい(笑)。

美輪明宏には彼の性質という制限の中で三島由紀夫のイメージがでてるよね、きっと。

だからこわい。

高見順が一生フラフラした理由を、三島由紀夫は、未来を信じたからだ、と断ずる。

僕は高見順の小説が好きだし、癌の手術をするために入院する朝の川崎駅を描き、若者に語りかける詩を読んだときは、それを詩としてすぐれているとは思わなかったけれど、深く感動した。

確かに、作品を読むだけでも、高見順が未来を信じている、少なくとも未来に期待していることはわかる。

でもさ、

小説家にとっては今日書く一行が、テメエの全身的表現だ。明日の朝、自分は死ぬかもしれない。その覚悟なくして、どうして今日書く一行に力がこもるかね。

こう書く三島由紀夫が、未来を信じていないとはいえないんじゃないか?

僕は、三島由紀夫が、好きだ。

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ありがとうございました♪

餃子はつくる人によって味が顕著にちがうじゃないですかぁ、この女性はどんな餃子をつくるんだろー、って僕はいつも興味津々です。

音葉さんの餃子はどのお店の餃子よりおいしかったです (≡^∇^≡)

ごちそうさまでした☆
ウマニティに登録したのが去年の8月21日。

その翌週から予想を登録して、気づいた日付で予想家レベルとクラスをメモしてきたのが下表。

およそ5ヶ月、よーやくオープンに昇格しました(笑)。

僕の場合、ウマニティ収支(マイナス)より実収支(プラス)がはるかにいいのですが、これはウマニティの予想を真剣に行っていない日が少なからずあったこと、当日現場で得られる情報が有益であること、予想に加え、馬券購入時の意思決定過程も重要であること、等の結果であると思います。

割引率と割引額についてよく言われることですが、重要なのは「○割引」ではなく「○円引き」であるのと同様、馬券において根本的に重要なのは回収率ではなく収支なんですよね、回収率は一定条件の比較におけるひとつの目安にすぎない。

だから賭ける金額も重要だし、金額と関係して的中率もすごく重要になってくる。

こういうふうに考えてくると、、、馬券勝負における最重要事項のひとつは、自分の性質にみあった戦法の確立にあると僕は思っています。

自分の戦法をもたず戦場に出かけて勝てるはずがない。

あとは馬券勝負にはどうしたって最後は人間力が絡んでくる。

ここは僕の苦手とするところなのでいろいろ書く資格はないですが(笑)。

なお、以前M嬢は人間力勝負になる前に勝ち逃げするとのたまっておりました。

ではこれにてオープン昇格記念の馬券記事(個人用ブログからの転載)を終了します ヾ(@^(∞)^@)ノ



≪ウマニティ 予想家レベル&クラス≫
2011.8.21 登録・新馬
9.2 002 未勝利
9.6 016 未勝利
9.12 017 未勝利
9.20 020 500万
9.26 021 500万
10.3 034 500万
10.11 033 500万
10.17 036 500万
10.24 037 500万
10.31 052 1000万
11.07 051 1000万
11.14 050 1000万
11.21 050 1000万
11.28 066 1600万
12.05 064 1600万
12.12 064 1600万
12.19 065 1600万
12.27 073 1600万
2012.1.6 071 1600万
1.10 073 1600万
1.16 071 1600万
1.23 084 オープン
宇都宮のおみやげをもらった ヾ(@^(∞)^@)ノ

中華トントンのびっくり餃子。

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2パック。

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むさぼり食った γ(▽´ )ツヾ( `▽)ゞ

うまかった。

今日はAJCCが終わった時点でなんと400円のマイナス (・Θ・;)

日高屋なら中華そばを注文できる負け額である(笑)。

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しかし平安Sの上がり馬馬券でしょぼいながらもプラスで終えた ( ´艸`)

これで来週も牛タン定食だ p(^-^)q