贅沢は身を滅ぼすこともあるのかもしれないが、贅沢な心意気は周囲の人を救う、とよく思います。
たとえば経済的にゆとりのない、二人の主婦AさんとBさんがいたとしましょう。
AさんもBさんもしっかりもの、ただAさんは花もいけないし、食後のデザートもあってもひかえめ、ないときも多い。
対してBさんは、安物でも花瓶から花が消えたことはないし、デザートも、少ししか無理なんだけど、そこそこ高級だったり珍しかったりするものを買ってくる。
月に何千円かは、Aさん宅が多く貯蓄できるでしょう。
でもBさんの贅沢な心意気は、Bさんの家庭を確実に救うし、ひとつの生き方を、たとえば子供たちにも示しているといえる。
派手めに遊んだ人は(贅沢な心意気をもっている、というより、贅沢しかできない人もいるけど)、Bさんタイプにスムーズに移行しやすい印象がある。
とくに、僕よりちと年上だけど、バブル期に楽しく遊んだ人は、気持ちに覚悟と余裕と贅沢がある人が多くて、僕にとっては生き方のお手本です。
ところで話はぜんぜん変わりますが、浮舟の弟は、「浮舟の弟さん」と呼ばれることもあるし、「浮舟さん」と言われることもあるし、「弟さん」と省略されることもある。
名前を呼んでくれるだけでありがたく、すべての方に感謝していますが、今日は呼称についてちょこっと書いてみます。
まず僕を「浮舟の弟さん」と呼んでくださる方、面倒に思うときもあるでしょうに、フルネームを入力してくれて、ありがとです。
きっと丁寧で礼儀正しい方が多いのだと想像しています。
次に「浮舟さん」と呼んでくださる方、「浮舟の弟」の中で識別力をもつ主要部は、明らかに「浮舟」であって「弟」ではないので、あなたはセンスがいい、しかも「浮船」と変換されても「浮舟」と正してくれているわけですから、やっぱり丁寧な方だと思います、ありがとです。
続いて「弟さん」と僕のことを呼んでくれる方、僕は初めて「弟さん」と呼ばれたとき少し驚いたのですが、考えると、この呼び方は、短いし間違ってないし、実に合理的で、この呼び方をしてくださる方は、頭がいいと思っています。
たとえば、大島優子に弟がいるかどうか僕は知りませんが、仮に弟がいたとして、彼に「大島優子さん」と呼びかけるのがおかしいのと同様、「浮舟」という女性の弟である「浮舟の弟」を「浮舟さん」と呼ぶのは(呼んでくださるだけでとても感謝しています!!)、おかしいといえばおかしい。
しかし大島優子の弟に「弟さん」と呼びかけた場合、大島優子が著名人であることを考え合わせると、「弟さん」の「弟」は単なる普通名詞ではなく、固有名詞の色を帯びた普通名詞なのであって、ほとんど「大島優子の弟さん」といっているのに等しい。
「浮舟」は、あまりそういうふうには思われないでしょうが、実ははるかに大島優子を超える有名人なので、浮舟の弟を「弟さん」と呼ぶのは理にかなっているわけです。
だから僕を「弟さん」と呼んでくださる方は、おそらく入力の手間を省いているだけなんでしょうけど(←すみません…)、その省き方が天才的だと思います。
最後に、繰り返しになりますが、浮舟の弟を、「浮舟の弟さん」でも、「浮舟さん」でも、「弟さん」でも、呼んでくださる方、本当にありがとです、感謝してます、これからもよろしくぅ~ ヾ(@^▽^@)ノ