震災にあわれた方に、どんなにお悔やみやお見舞いを申し上げても、しょせん他人の言葉でしかない。
心や生活に受けられた傷は、真に癒えることはないと思います。
そしてそれはもちろん、「震災」のかわりに、別のご不幸に対応する文字を当てても同じだと思います。
ただこの記事では、そういうことをかっこに入れさせてください。
政治的な発言はひかえる方針で生きてますけど、この国の危機的状況に際して少しだけ書いておきます。
首相が、
福島の再生なくして日本の再生はない、
という趣旨の発言をしていましたね。
その通りだと思います。
でも政治家さんたちのやってることはね、
深刻な国内問題に対する国民の感情を「反日」という便利なツールで発散させることのある「架空の国」の政治家さんのやってることと、その本質においてかわらないんだよね。
はっきりいっていいですか?
現在のこの国の最大の病巣は、すでに福島にはありはしないんです。
(福島の問題がほとんど何も解決されていないにもかかわらず、です。)
たとえば年金制度にしたって、多くの国民はもらえる当てのない金を強制的に徴収されている。
もしも、
年金を受け取らなくていい人はこれまで納付した金額を返還します、
というふうにしたら、ほとんどすべての国民が返還請求の意思表示をする。
今行われている年金徴収なんて、日本国が実施する詐欺的行為以外のなにものでもない。
首相は、被災地に、
希望の種をまきましょう、
という趣旨の発言もしていた。
まったくその通りだと思う。
だが一般的な国民にとっては、
この国の国民であることに基づいて希望がもてない、
のであって、国民の中にあるそういう気持ちがこの国の最大の問題なのだ。
「フクシマ」という表立って異を唱えにくい旗印をかかげ、陳腐な文学的表現を用いて、抽象的なことを言い続けている。
これじゃ、駄目だ。
もっと積極的に政治に参加すべきだ。
そもそもそれは義務なのだ。
国は僕らの外部にあるものではない。