自分のバイオリズムみたいなものからも、その他の事情からも。
サラリーマンとしての能力に秀でている人はあまり多くないとは思うが、、、僕は、
サラリーマンの才能に乏しいんだよね、
と言うと、
ぜんぜんないよ、
と即座に返されるくらい、サラリーマンとしては欠格者なんだな。
口が悪いみたいだ。
僕は、このブログを読んでいる人がどう考えているかわからないけど、基本的に、おとなしくて丁寧だ、と思っているのだ(一応本音)。
しかしなんつうか、毒舌らしいのだ(自覚はない)。
そしてむっとしたときには口調が丁寧とはいえなくなるらしい(やはり自覚はない)。
これまで何度も親しい人から指摘されてきたから自覚はなくても注意はしているつもりなんだが。
本日、クライアントの知財トップの人が事務所にやってきた。
その後、所長が僕のところにやってきた。
「クライアントと決めた期限より仕事がはやく終わっている」そうだ。
つまり、だったらもっとはやめに期限を設定しろ、ということ。
「(仕事がはやく終わっているってことは)いいことじゃないですか」
と僕は言ってしまった。
期限をほとんど守らない人もいる。
ちなみに所長はF通の仕事を半年以上放っておいて始末書を書かされたりする人である。
いや、それはそれで、僕はすごいと思うし、偽らざる気持ちを書くと、そんなずぶとい神経がほしい。
そんな種類の、という意味で、所長の神経もらうのはへどがでるが、そういう神経というか生き方にあこがれる面もある。
「僕は性格的にぎりぎりになるのが嫌なのではやめに終わらせているだけじゃないですか」
思い返すと所長に対してすごいこと言ってる…。
そしてその口調を再現してみると、、、
やば…。
かなーり攻撃的だ。
「今回も打ち合わせから2週間、3週間ということで期限を決めたんですけど、妥当な線じゃないですかねぇ」
妥当な線、というか、特許事務所的にいうと、平均よりかなりはやめなのだ、僕の期限設定。
しかし、そういう問題ではない。
弁理士として仕事をする能力が問題なのではなく、サラリーマンとしてきちんと振る舞えるか、の問題なのだ。
「とりあえず僕は、今後ははやく仕事が終わっても期限の日まで出さなきゃいいということですかね」
僕は嫌味でいっているつもりはまるっきりなかったのだが、これは嫌味以外に聞こえないだろう。
つうか、嫌味のつもりでなければ何のつもりだったのよ?
と言われそうだ。
でも嫌味のつもりではなかったんだよ、本当に。
僕は、その後ふつうに仕事をしていたが、周囲が僕に、なにかあると、すみません、すみません、と今日はやけに口にするので、僕は自分がしてはいけないことをしてしまったことに気づいたしだいである。
あー、自己嫌悪。
来週からおとなしくしてよう。
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どこかに書いたかもしれないけど、強がりでもなんでもなく、事実として、僕はもう人間関係で悩むことがない。
一番悩んだのは高校の頃で、あまりに懊悩が深く派手な血尿がでたため、医者が癌の疑いあり、と診断して、管を入れたこともあった。
あれ、女の人より男の方が断然痛いらしい(当然だ)。
確かに痛かった。
そして検査後はじめてトイレに行ったときの激痛と、深緑色の尿の色は今もはっきりと記憶している。
でまあ、、、その後もいくつか山や谷もあったが、僕は父の死をきっかけに変わった。
これはもうはっきりと。
2年前の夏(このブログを書きはじめた夏でもある。)とは、おそらく別人だと思う。
あの頃の自分の顔より今の自分の顔の方が好きで、それは救いだ。
この冬、もう一度、小説をB学界にだしてみる予定。
数年前最終選考に残ったものより断然いい、と思って出した作品がぜんぜんダメで、しばらく沈黙していたが、といっても沈黙とは発表に関してのことで、僕は弁理士試験の直前だって小説を書かなかった日はないくらい、自分がなにをなすべきかはわかっているつもりだ。
でも自分の才能のなさもよくわかっている。
実力のなさも身にしみている。
ただ神がきまぐれに僕に力を貸してくれたときに、それを杖にさえできない人間にはなりたくないんだ。
消化試合みたいな人生を、心のどこかで死に場所を探しながら生きている、僕の胸の内にはそんな気持ちもあるけど、でも僕は多分強い。
鈍感なだけかもしれないが、口で失敗しないような立派なサラリーマンをめざしながら、小説修行を続けよう。
なぜ小説を書くのかはヒミツ(笑)。
僕のそばを、僕と激しくぶつかりながらやさしく通り過ぎていったすべての人に、読んでほしい。
あの世でも読める文字で書くから。
本文はここから
またしばらくピグの部屋に行かなかったんです。
ありがとう。
