Nagasaki (1) | 幸せな顔をした人のいない競馬場

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~でもあなたはしあわせでありますように~

父の三回忌で長崎に帰ったので、そのときに撮った写真を、これから数回に分けてブログに載せてみようと思います。

僕が育ったところは海に面した丘陵で、田舎だけれど、とてもいい場所なんだな。

僕はこの土地で育ったことを本当に幸運だと思っているし、神さまや親に感謝している。

僕のものの見方、考え方にも、この土地は深く関係していて、肉体だけではなく、真に精神の故郷です。

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上の写真は実家から3~4分歩いたところから撮影。

以前はぶどう畑やみかん畑がもっとたくさんあったんだが、ずいぶんと減ってしまった。

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7月上旬のぶどう畑って、こんな感じ。

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みかん畑はこんな感じです。

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海は、護岸壁なんかつくっちまって、残念なことに遊べなくなってしまっています。

上の写真(奥)は潮が引くと、岩をつたってわたれる島で、以前はこのあたりで、泳いだり、釣りをしたり、春はあさりを、夏の夜にはカニをとったりしてた。

夏の夜、浅瀬にあがってくる石蟹をとるのが楽しくて、食ってももちろんうまいし、、、一晩に100匹はとれるんだよ。

今は漁業権についてうるさいからそんなことしてたら警察がやってくるだろうけど。

それにしても今年は驚いた。

ここの松が枯れてるのをはじめて見た。

松は海沿いの防風林によく使われてるけど、その大きな理由のひとつは、潮風でマツクイムシがつかないから。

なのに数本がマツクイムシにやられたみたいだ。

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ここ(上の写真)は牡蠣がいて、僕らは岩についた牡蠣を、殻を石で叩き割り、海水で食っていた。

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護岸壁のすぐ近く、魚が泳いでいたので撮影したけど、水は、当時よりかな~り汚い。

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これは都区内でも見られるが、ミミズが白線の上を這い、

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花にガがとまり、

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鳶が空を舞う。

いろんなものに、生きてもいいよ、と言ってくれる、でも生きてもいい、と言ってくれるだけで、当然だけど、生きることを保証してなんてくれない、あたたかく突き放す土地だと思っています。

失意の中にいるときも、この海と丘が、力をくれました。

この湾のひとつの島をかつてさだまさしさんが所有していました(この町の島ではないけど)。

さださんはその島に「詩島(うたじま)」と名前をつけていました。

なので、今日はさださんの「黄昏迄」(←タソガレマデと読みます、言わずもがなだとは思いますが、一応。)という歌にリンクをはっておきます、、、と書く予定だったのですが、適当なものがみつからなかったので、すみません、よかったら自力で検索してください(笑)。

海が好きな人はきっと気に入る(?)、いい曲ですよ。